ジムのまゆゆ似の彼女の姿が無い。仕事が忙しくて通えない、ことを神に祈りたい。
順調に痩せてきているのに。
ここでの別れは後悔しかない。挨拶くらいしたかった。
哀しみから彩流社のアンソロジー未所持分を発作買いしそうである。いや、するだろう。
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さて、今回は「レテーロ・エン・ラ・カーヴオ」を読み終えた。
ここのところ久山秀子の女スリ譚を連続で読んできたので、新鮮であった。探偵小説を読んだー、という感じだ。
久山秀子が『つまらない』というわけではない。貴重な作品を掘り起こしてくれた論創社さんには感謝の念しかない。
単に私の根気と飽き性のせいに他ならない。
で、久山秀子の二巻を一冊飛ばしての『橋本五郎探偵小説選1』である。
この作品、橋本五郎の代表作でアンソロジーにも採られている。変わったタイトルが印象深い。解説によれば、エスペラント語で「小さな穴の中の手紙」という意味だそうだ。
真相に踏み込んでいるので、未読の方はご注意を。
この作品、書簡を並べて進んでいく。主人公が想いを寄せる『女性側』の手紙だけを並べているのだ。
読み終えて自分の読みに自信がなかったので、ネットで感想を検索してみた。
少ないがいくつかヒットした。「探偵小説ミステリー読書日記」「taipeimonochrome」「exlibris...」
この辺りを読んでも微妙に『読み』が違っている。まず主人公が恋する相手は主人公を「兄様」と呼ぶが、これは敬称で実際の妹ではないだろう。
そして主人公の恋心をからかう男友達の『いじめ譚』でもない、と思うのだ。
余り自信は無いが、私が感じ取った作品の感想を書き留めておこう。
この短編は6通の書簡からなる。主人公はある女性を愛している。その女性からの手紙を順番に並べていって、最後に物語をどう転がすか、という趣向の短編だ。
まず1通目、主人公の意中の彼女は『M子』を通じて主人公の手紙を受け取った。その返事、である。ここではその意中の彼女の情熱が溢れており、男心をくすぐる、というか、大いに『脈あり』を匂わせている。
そして文中に〜下駄を私が探してあげて〜とあることから、この手紙は主人公と彼女の共通の思い出がある、ために『本物の手紙』であることが保証されている。
そして最後に『M子』を通じての手紙のやり取りが嫌だ、という理由で、今後手紙は教会の石垣の穴の中に入れてやり取りしましょう、という提案が女側から出されるのだ。なぜ、意中の彼女が『M子』を介するのが嫌なのか、それは伏線にもなっていると思うのだが『M子』は主人公に想いを寄せているので、自然彼女に対して態度に棘がある、からではないだろうか。
続いて2通目。手紙はここで筆記者が入れ替わっているのだ。文中には〜手紙を抱いたのでお乳のあたりが苦しくなって〜という男性読者サービスとも思えるような記述があって微笑ましい。読者の注意を扇情的な文章に留める役割のミスリードだ。何故、すり替わったと思ったか。それは主人公の問いに対して弁明しているからだ。現実世界では二人は時計屋の前ですれ違ったのだ。その時意中の彼女は知らぬふりをして過ぎていき、それを手紙で主人公はなじったのだろう。偽の記述者からなる手紙は〜それは人前だから恥ずかしくて〜とはぐらかしている。主人公の手紙は石垣の中に投函されるが意中の彼女には届いていない。仕掛け人たちに抜き取られ、読まれているからだ。一方、意中の彼女の本当の手紙はどうなっているのか? 恐らく仕掛け人達が抜き取る前に偽手紙とすり替えているのではないだろうか?
3通目、ここで記述者は主人公に誘いをかける。母が帰省するので、明後日の夜、会えないか? というものだ。ここまでで、手紙の内容は女性側の情熱が書き綴られ、男側からしてみれば『えらく情熱的に惚れられたもんだな』と思わせている。
4通目、偽の手紙なのだから、本当の彼女が当日の夜、逢引に来るわけがない。その理由が書かれた手紙だ。母が急に帰ってきた、というものだ。現実世界では主人公は寒い中、待ち続けたことだろう。仕掛け人達は『立腹して嫌いになればいい』と思って仕込んだのではないだろうか。それでも主人公は彼女への想いを変えない。三時間も待ちぼうけを食ったにも関わらず。手紙の中で〜兄様の夢をみる、喧嘩では兄様が負ける〜と蔑んで見せたり、実は縁談が多くて、といったことを書いて主人公に諦めてもらうようにも書かれている。
5通目、雑談の中で彼女は『M子』に結婚を申し込まれたことを話したのだろう。この手紙では両親に意中の人はいない、と伝えたことや、両親の勧める相手の結婚せねばならないような気持ちになってくる。と書かれている。主人公の気持ちをグラつかせるためにだ。この時点で現実の主人公と彼女がどこまで会話できたかはわからないが、相当な齟齬があったことだろう。
そして『オチ』である6通目。あの手この手を使っても、主人公は諦めるどころか熱を上げるばかり、だったのだろう。仕掛け人の方が根をあげてネタバラシする6通目だ。動機は忠告と友情だった。この彼女は奔放で、何人も男を取り替え、有望だと思えばすぐに鞍替えする。我々はその被害者だ。というのだ。君が我々と同じ道を歩まないように、という老婆心からの計略であった。なら女文字は? それは『M子』が引き受けてくれた、というのだ。
君を想っているからこそ代筆を引き受けてくれたんだよ、と。
ここで読者はドーンという衝撃と共に「ここまでの手紙は悪女から友を守るためのドッキリかよ!」と突っ込むことになる。
というお話。構成の妙で魅せるタイプの作品だ。
しかし、実際にこんなことをされて恋心を諦められるだろうか? 友情とはいえ。スナック菓子感覚でセックスする『まゆゆ似』の彼女に接近する私を見た相棒の金平が、私を思って偽のラインアドレスで『まゆゆ似』の彼女になりすまし文通、熱い胸の内や、ツンデレとも思える約束のドタキャンを経て
「お前のためだった」
とネタバラシされたらどうするだろう。迷わず金平をグーで殴る。となるのではないだろうか。
1926年5月「新青年」