子供達が全員出払ったので、夕飯をどうしよう。ということになったのである。
「私と割り勘で焼肉の食べ放題にでも行くか?」
と最近嫁さんは世迷言を平然とのたまうようになってきた。
一度ステーキを割り勘にしたら、以降すべてがこんな調子だ。何故共働きの夫婦で外食を割り勘にせねばならぬのか。
私の小遣いは結婚してからこっち、ベースアップなしの月二万円という地獄の固定制である。新婚の時から相当給料も上がっているはずなのに、だ。
第一私は食に金を使うよりも、本にお金を使いたい。そんな殉教徒のような本好きである。
こんなことを強要するくせに自分はどうだ。来週はママ友と二泊三日で北海道旅行へ出かけるのである。私の給料から旅費も出ていることだろう。
「アンタはしょっちゅう金平と全国を回ってるやないの」
それはブックオフ巡りだ。慰安旅行ではない。
私は発狂しそうであった。割り勘を遠回しに遠慮し「お前とゆっくり家で食事をしたい」と少し持ち上げながら、家でバーベキューをすることにした。
ここで是非、皆さんに優れものを紹介したい。炉ばた大将である。
貧乏人の味方、グルメの味方、ガスコンロカセットで手軽に焼肉ができる。
私がこれを定期的に推すのは、安い肉が劇的に美味しくなるからである。フライパンやホットプレートで同じように安い肉を焼くと、変な油が浮き出て肉が沈み、その中で煮込んだような感じになる。要するに肉がべちゃーっとなるのだ。
しかしこの炉ばた大将ならば、直火&適度に油が落ち、歯ごたえもカリッと丁度いい加減で油も残り、安肉の味が激変するのだ。
何を焼いても美味い。野菜も美味い。電気のホットプレートでは、こうはいかない。
嫁さんも上機嫌である。割り勘も回避でき、美味い夕飯にありつけた。
腹も満たされたところで読書。快調に「平林初之輔探偵小説選1」から「人造人間」を読む。
タイトルで「おおっ! SFではないか」と驚かせてくれる。SFミステリとして思い出されるのが海野十三。デビュー作の「電気風呂の怪死事件」がいつなのか、年表で調べて見たら、なんと同じ号の雑誌「新青年」に掲載である。なんたる奇遇。
この作も海野十三にどのような影響を与えたのか、今後も気に留めながら、昭和の探偵小説を読み進めていきたい。
この話もあらすじを書けばそのままネタバレに繋がるショートストーリーなので、ここからは未読の方はご注意を。
それにしても平林初之輔、ミステリもそうだが、評論にSFに、と幅広い作風を見せてくれる。創作は余技であった、という評価だったが、創作そのものは真摯に、読者を楽しませよう、真面目に取り組もう、という意志が見て取れる。
ここまで「新青年」に発表してきた短編を振り返って見ても、実にバラエティに富んでいる。
話は博士が「とうとう人工授精に成功した。これからは試験官から子供が生まれる」ということを記者の前で発表するところから始まる。
勝手にタイトルからサイボーグのようなものをイメージしていたのだが、人工授精の人間のことのようだ。
なかなか科学的な先見がある、と言えるだろう。
培養液の中に受精卵を浸した。秋には嬰児の成長した姿をお見せできることだろう。
と記者連中に大見得を切る。
話の骨格として、扇情的な記者会見(人造人間の発表)→若い女性助手とのロマンス→博士は家庭人で子供もある→助手の妊娠発覚。
このままひねりもなく、博士の罪の告白の遺書という流れ。
しかし続けて読んでみて、現代よりも「これで命を絶つんだ」など、厳格で倫理観の差に開きがありすぎて、そちらの方が興味深い。
1928年(昭和3年)4月「新青年」