呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

平林初之輔「二人の盲人」を読む

 音楽というものは、気が付けば思春期に夢中になって聴いていたものを、また繰り返し聴いている気がする。

 そしてそれは小説や映画と比べ、違うジャンル、新しいものへの耐性が、同じ娯楽であるにも関わらず、著しく低いような感じがする。

 私の音楽のベースは、佐野元春大瀧詠一杉真理松田聖子吉田拓郎クレイジーキャッツビートルズビーチボーイズ浜田省吾尾崎豊

 この辺りで「流行りの音楽を聴いてみようか」となると途端に億劫になり、上記のアーティストの再発リマスターが出たりすると、旧版を持っていても買い直したりしてしまう。

 娯楽でも脳を刺激する場所が違うのだろうか? 面白そうな小説とかなら買ってきて読んだりするのだが、音楽は「今ヒットチャートの一位のアルバム」を試しに買ってきて、最後まで聴いてみる、ということを自分はまずしない。

 そしてリマスターですごく気になる一枚を、また見つけてしまった。

 

街路樹(2枚組スペシャルエディション)(Blu-spec CD)

街路樹(2枚組スペシャルエディション)(Blu-spec CD)

 

  尾崎豊の「街路樹」二枚組リマスターである。

 このCDのオリジナルは、現代ではとても録音レベルが低い。昔のCDは全部そうだが、この街路樹は特に低い。

 そして尾崎豊のアルバムの中でも、ひときわ地味な一枚なのだ。

 きらめく初期三部作、圧倒的な作曲と音圧、ほとばしる才能の二枚組「誕生」そして遺作のラストアルバム。

 楽曲も大人しめで、先行シングルの「核」がボーカルの表現方法を含め、色々と物議を醸した。ドラックで逮捕された時期でもあるドラックソングだからだ。

 それでも私がこの一枚を推すのは、アルバムに未収録だったシングル「太陽の破片」がリマスターで収録されたことと「街角の風の中」もリマスターされて収録されているところ。

 ゴメン、シングルのB面曲で「なにそれ?」と言われるマイナー曲だが、私の中で尾崎豊のベストはこの「街角の風の中」なのである。

 爽やかな演奏、ちょっと哀しくて切ない歌詞、若い時に一緒になれなかった女性を想いながらも、自分といるよりも今は幸せになっていることだろう、と募らせる詩情。

 あぁ、この再発を知ってしまった今、今月は小遣いから本代を減らして、きっとこちらに回すことだろう。

 さて、今回は「二人の盲人」を読み終えた。

 都市計画によって盲人の玄石の家は立ち退きが決まっていた。玄石には周りからも評判の美人の細君がいる。

 同じく独身で盲人の友人、藤木は、いつも朗らかに玄石を訪ねてくる。

 何故、あいつは頻繁に我が家へ訪ねてくるのか? 妻が目当てではないのか?

 俺が見えないのをいいことに、話しながら手でも握っているのではないか? 首に絡みついているのではないか?

 被害妄想は立ち退きの寂しさも加えて加速する。

 ここからはネタバレになるのでご注意を。

 読後、ちょっと声が出た。「ひねり無し、か」と。

 過剰などんでん返しばかりを期待するのは良くないが、それでも盲人の偏執的な嫉妬の感情、目の前で痴態を見せているのではないか? という被害妄想など、良いモチーフなのに、最後は二人をただ毒殺して終わるのである。

 おそらく、殺された二人に男女の関係はなかったであろう。その告白すらも聞かぬうちに、二人は飲み物に仕込まれたモルヒネで死んでいくのだから。

 狂気の殺人、といえばそうなのだが、やはり同時代の大乱歩との差が歴然と浮き彫りになる。

 乱歩なら偏執的な独白が続いても、そのままでは決して終わらない。その斜め上をいくオチをいつも味わえた。

 ここが余技作家の烙印を押された平林初之輔の限界か、それとも今後の作で更に飛翔するのか。

1930年(昭和5年)12月「祖国」

 

平林初之輔探偵小説選〈2〉 (論創ミステリ叢書)

平林初之輔探偵小説選〈2〉 (論創ミステリ叢書)