呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

甲賀三郎甲賀三郎「原稿料の袋」を読む

 テレビを観て居て、潔くない人が多い。事に気付く。

 セクハラをしましたが、続投して恩返しをしていきます。という政治家、など。

 その恩返しは違うのじゃないか? と思う。一般庶民の方が何倍も潔いと思う。

 要するに「調子に乗ってしまいました、甘い汁を吸い続けたいので、一度政治家を味わったら二度とサラリーマンに戻れないくらい美味しいので、死に物狂いでしがみつきます」という事なのだろう。

 まぁ、そういう政治家を選出したのも国民なので、選挙には充分気を付けたいものだ。

 引き際、責任の取り方、など、男に生まれたからには、人に見られて見苦しくないものにしたい、と考えるのが男の姿であろう。

「ポテトチップスの残り全部食べたのアンタか?!」

「食べたかもしれん、いや、もうほとんど残りカスやったから、確認して袋を捨てておいた」

 私の大和魂が炸裂するこの弁明を見よ。

 決して「食べていない」という見苦しい言い訳はしない。己の取った行動は、ちゃんと嫁さんに勇気を持って白状している。

 そして実際は、勢いで半分くらい食べてしまったが、怒りを最小限に食い止めるために「残りカスだけであった」と、心理的テクを差し込んでいく。

 その上、袋を捨てておいた、と幾分恩着せがましく、上から言ってみる。

「私が夜食べようと思って楽しみにしてたんや、同じもの買って来てや」

「はい」

 男たるもの、常に修羅場を意識し「まな板の上の鯉」であるべきでなのだ。

 さて、今宵は「原稿料の袋」を読み終えた。

 甲賀の短編の中でも、比較的多くのアンソロジーに採られている作品である。それもそのはず、本編は作品とは別のところで探偵小説ファンには嬉しい趣向が盛り込まれているからだ。

 夜の酒場、甲賀三郎を思わせる探偵作家の土井江南(どい こうなん、これはホームズのコナンドイルからのパロ)は、作家仲間の床水政司(とこみず まさし、横溝正史がモデル)編集の満谷潤(みつたに じゅん、水谷準がモデル)と飲んでいる。

 現代でいう「ウロボロスシリーズ」のような実在作家が登場する趣向がまず面白い。もしかしたら、この手の趣向は甲賀三郎が初めてかもしれない。

 程よく酔っている土井は、酒場での喧嘩をぼんやり見ている。飲み相手の二人は最近編集部で、原稿料の盗難が相次いでいる話をする。

 ここまでがオープニング、だが甲賀先生、今回は気合が入っている。この時点でのちの伏線をしっかり張ってあるのだ。

 ネタバレもあるので、ここからは未読の方はご注意を。

 土井は酔った勢いで二人に「浅草へ行こう」と誘う。だがタクシーに押し込まれたのは土井一人、二人は先に帰ってしまった。

 井戸川蘭芳(いどがわ らんぽう、江戸川乱歩がモデル)が。深夜の浅草を徘徊して、作品に活かしているのを知った土井は、自分も何か話の種に、と行ってみる気になったのだ。

 タクシーを降りた土井は千鳥足で夜の浅草を歩く。

 そこで妙な男と出くわす。「旦那は刺激を求めて浅草ですかい? ならば人殺しを見たくはありませんか?」

 話としてはグッと探偵小説的になって、面白いな、とも思うが、ここでまた私は「あぁ、また甲賀の悪い癖が出た」ここでこのタイミングで妙な老人に出会う偶然の確率が気にかかるのである。

 そして老人は土井を家に招き入れ、縛ってある女を目の前で刺し殺してしまった。そしてその短刀を「自首します、見届けてくれたお礼にこの短刀を差し上げます」というのだ。

 老人は消え、呆然としている土井の背後で物音が。

「あなたが殺したのですか?」

「私はやっていない」

「でも血みどろですよ」

 若い男は助けるそぶりで土井をそこから誘い出す。その格好では警察に捕まる、労働服に着替えたまえ、名前入りの原稿料の袋は預かる、現金はポケットに入れておくよ。

 酔っているので言われるがままの土井。

 この男、実は怪盗の葛城であった。

 その後、現場に警察が押しかけ、疑いをかけられた土井は、酔いも手伝って皆の度肝を抜くために「この女は俺が殺した!」と叫ぶ。嫌疑は濃厚な状態に。

 ここら辺も奇をてらいすぎて、相当弱いところだ。あえて主人公をピンチにしているとしか思えない展開である。甲賀先生はついサービス精神で無茶心理を入れちゃうんだろうな。

 話の構造としてはこうだ。女を殺した老人は葛城の仲間であったが仲違いしている。老人を移送中に車で列に突っ込んで逃した葛城は、老人の知る宝石と宝のありかが知りたい、が老人は口を割らない。

 老人の目的はただ一つ、不倫した女を殺すことのみ。

 そしてその舞台を葛城のアジトの一つの家でやってやれば、葛城への腹いせとあてつけになる。

 葛城は調べ上げ、老人の宝のありかの暗号は、紙に透かして記録してあることを突き止める。その紙は土井の編集部の原稿袋に使われていたのだ!(ここでタイトルと関係してくる!)

 だから葛城は袋を抜き、現金は土井に返した。土井の原稿料の袋に、宝のありかの透かしが入っていたからだ。

 酒場で喧嘩していた連中も葛城の手下で、給料日である土井の袋をマークしていたのだ。ここで飲み間の会話が活きる。編集部で原稿料の盗難が相次いでいる、と。

 強盗らは、編集部全員の原稿料の袋をマークしていたのだ。

 ここに甲賀の成長を見る。唐突に物凄い確率で事件に出くわす不自然さに、改良のメスを入れたのだ。土井は巻き込まれるべく、すでに酒場からマークされていたのだ。

 老人の宝の暗号は二つで一つ、透かしを入れた原稿料の袋と、暗号の鍵となるもう一つは、老人が土井に渡した短刀の中に仕込まれていた。

 結局二つを葛城に持って行かれた土井は、葛城から事件のあらましを書いた手紙を受け取る。

 探偵小説作家のあなたなら、とっくに全容はお見通しでしょうが、という葛城の言葉とは逆に、渦中だと作家でも、何も推理が働かなくなるものだ、というオチをつけて。

 だいぶ改良を加えているが、惜しい、惜しいぞ甲賀先生。90%以上は偶然に必然があった舞台を設定しているが、唯一、土井が酔って浅草に出て、今まさに老人が不倫した女を刺し殺そうと決心したそのタイミングで、土井と暗闇で偶然出会って、刺激が欲しいのならついて来なさい、となり、立会人兼、葛城の言葉を加えるなら女を刺すところを第三者に見せることで、変態心理を満足させようとしたのでしょう、となったその大都会での何億分の一かの出会いタイミング。

 ここが依然として惜しいのだ。

 で、物語はどうであったか? と聞かれたら、面白い、となるので猛烈に歯がゆいのである。「面白いから甲賀先生を責めないで」となるのである。

 

 1928年(昭和3年)1月「新青年

甲賀三郎探偵小説選 (論創ミステリ叢書)

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