呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

松本泰「最後の日」を読む

 会社帰りにスポーツジムへ寄っている。最近は「まゆゆ」似の奥さんと目が合う。

 いや、こっそり見ていたのだが、目が合うようになってしまったのだ。

  女性というものは同じ人間だし、男性と似てはいるが、絶対に男には無い超能力のようなものを持っていると思う。

 視線を感じ取る能力、男性が自分のことを気になっている、ということを瞬時に察知する能力を持っていると思う。

 女性にとっては、きっと当たり前すぎて言語化もせず、超能力だと気付かず普通に備わっているのだと思う。

 でないと、あそこまで慎重に盗み見ていたのに、なんでバレよう。

 鏡張りのスタジオで前に立つインストラクターと同じ動きでエアロビダンスを集団で踊る。

 私は横目でまゆゆ似の奥さんの動きを追う。

 15分おきに3分休憩、水分を補給する。向こうは私の右前だ。素早く手元を見る。左手薬指のエンゲージリング。だろうね、だろうね。

 向こうはタオルを首に当てて汗を拭きながら、ペットボトルのスポーツ飲料を飲んでいる。

 向こうを向いているから横目を解除して、正面から見据える。

 すると向こうはクルッと振り返って、私と目がバチッと合う。スタジオの端と端に立っているので、その距離15メートルほど。

 私は狼狽えて視線を外す。向こうは小さく笑っているようにも感じる。

「勝った」

 みたいに思われているのだろうか。なんで見ていることが筒抜けなのか。後頭部に目があるわけでなし。

 インストラクターが再び音楽を鳴らす。

 失態は繰り返さない。踊りながら今度は実物を見ず鏡に反射した顔を盗み見る。

 すると向こうも鏡ごしに視線を合わせてくる。何故バレる。

 鏡ごしの相手の頬は上気してほんのり赤い。私も正面に向き直って鏡を見ると、赤面していた。

 これ以上、どうすることもない。

 子供も巣立った。嫁さんは恐ろしいが、家計はしっかりしていて老後は安泰だろう。

 私は平凡な毎日に、少しだけ学生時代のようなドキドキを求めているだけだ。

 向こうもきっと、同じなのだろう。

 さて、今回は「最後の日」を読み終えた。

 おおっ! 冒頭から声を出してしまった。〜A君 君にはしばらく会わなかった。手紙を書くということさえ何年ぶりであろう〜

 物語開幕早々の手紙形式の語りかけ、この分野での草分け的な作品になるのではないか? 海外作品では実例がすでにあったのかどうかはちょっと不勉強なのでわからないが、乱歩の「二銭銅貨」から数ヶ月の作品である。

 後の探偵作家が、フォーマットの一つとして参考にしたのではないだろうか。

 こういう書き出しを見せてくれたので、私の本作への採点は甘々である。

 罪の告白、自分の悪事を懺悔しながらの告白形式なのだが、意外にも幻想文学の趣も見せる。

 街角の盲老人が自分の心中を全て見透かしているはずだ。という強迫観念が書かれていたり、まぁ、それが阿片中毒による幻覚なのかもしれないが、説明は一切なく書いた当人の主観が書き込まれていく。

 解説にもあった新聞記事のモンタージュも作中人物に説明させるより経緯の説明がシンプルで、この手法の開発も、なかなかの功績なのではないだろうか。

 

1923年(大正12年)6月「秘密探偵雑誌」

松本泰探偵小説選〈1〉 (論創ミステリ叢書)

松本泰探偵小説選〈1〉 (論創ミステリ叢書)