呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

松本泰「焼跡の死骸」を読む

  佐野元春の新譜が届いた。

自由の岸辺(初回限定盤)(DVD付)

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  前回のセルフカバーアルバム「月と専制君主」よりも断然イイ! なんなら「マニジュ」アルバムより好きかもしれない。

 簡単にファーストインプレッションなど

・ハッピーエンド これは「スウィート16」に収録されていた曲だ。原曲はブラス隊の派手なイントロとパーカッションが印象的なキラキラしたサウンドだったが、今回はシックに、リピートされる印象的なリズムパターン。オープニングから「なんの曲だ?」となる。これは全曲に言えるがホーボーキングバンドの円熟したサウンドが良い。

僕にできることは 「フルーツ」収録のライブでもあまりやらない曲で、どちらかといえばマイナー曲。♪いつか君のために♪の後で、ブレイクが入るのが超オシャレ。

・夜に揺れて 先行配信シングル「ナイトスゥインガー」長田進のブルージーなギターがイイ。歌詞がところどころ日本語に戻されているのが新鮮。

・メッセージ 宅録アルバム「ストーン&エッグ」から。ここもサビが日本語に戻されており、別の曲のように響く。アレンジは原曲をなぞりながら、ホボキンが自由に踊る。

・ブルーの見解 オリジナルのポエムリーディングから大幅な改変だが、これは元にナポレオンフィッシュツアーでの改変があって、そのライブアレンジをさらに煮詰めたもの。

・エンジェル・フライ 原曲に沿ったアップデートで、聞いているうちにオリジナルの佐橋のギターが頭の中で鳴る。「ストーン&エッグ」は元春の宅録アルバムだったので、そこからのチョイスで音が分厚くなるのは嬉しい。

ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 以前出たシングルのB面を元にしたバージョン(似てはいるが新規の録音だと思う。佐橋のギターも無いし尺も違う)サイケ期のビートルズの様に表情がコロコロと変わる。いくつ顔があるんだ!パーカッションに里村美和。ボーカル、ドラム、ギターとでプチハートランド再結成。(※追記 ライナーノーツを読んでびっくり、レコーディング2001年とある。ベーストラックはあの時のシングルのもののようだ。だが、どうして聴いた感触がこうも異なるのであろう。ミックスの違いか)

・自由の岸辺 本アルバムの個人的ベストテイク。元春のボーカルが力強い。

・最新マシンを手にした子供達 先行配信シングル。タイトルを日本語に戻しても違和感がない。

・ふたりの理由 オリジナルは正直、それほど好きじゃなかった曲だが、これにはやられた。ホボキンサウンドに井上艦のオーケストラという波状攻撃、イントロから「こんなイイ曲だったっけ?」となった。

・グッドタイムス&バッドタイムス 挑戦的なアレンジ、そして曲本来の良さ。ヘッドフォンで聴きながら不覚にも涙が! 私の感受性もまだ捨てたもんじゃない。元春と共に歳を重ねてきた。元春もライブで酷使した喉でキーが低くなった。それでもクリエイティブな姿勢は変わらない。自然と「元春ありがとう」と声が出た。

 さて、今回は「焼跡の死骸」を読み終えた。

 泰先生、ここまで毎月「秘密探偵雑誌」に短編を出している。なかなか精力的だ。

 解説では本作「本格探偵小説」と「見なせる」という書き方をしてはいるが、この作まできて、何故松本泰が歴史の間に埋もれて行ったのか、わかったような気がする。

 ネタバレがあるので未読の方はご注意を。

 この作品、焼跡の死骸がすり替わっているトリックなのだが、これはもう読んでいれば誰でも見当がつくものである。警察が気づいていないのも相当おかしい。

 探偵小説の作法からすれば「探偵と読者が一緒になって物語が進むうちに、犯人の目星がつく」というのはルールに則ったものといえよう。

 それが出来ていない探偵小説は粗悪品であり、探偵小説ではない。

 しかし、ある程度「犯人を隠そう」とする労力も作家側には必要だろう。

 この作品はそこが決定的に弱い。何故分かったのか? という問いに

「あいつは大男でしたからね」

 と、焼死体の身長が小さいことで目星がついているのだ。これは読者も知っていたことなので、別段驚くこともない。

 ここで終わってしまっては作者もあまりに弱い、と考えたのだろう。

 で、泰先生はどうしたか?

 なんと、そのすり替えを見抜いた手法を紹介することで、作品の弱さを補強しているのである。

「カバンに忍ばせているパウダーで公衆電話の指紋を採取し、ぬかるみの足跡を計測して歩幅から大男の足跡だということも証明済みです」と。

 ここで、昔の読者は「へぇー」となる。最新科学技術の紹介でケムにまかれた格好となったのだ。

 誰でもわかる犯人小説だが、最新捜査技術の紹介という「作品の核」があります。ということなのだろう。

 香りが漂うが味があまりしてこない松本泰の本領発揮である。

 

 1923年(大正12年)9月「秘密探偵雑誌」

松本泰探偵小説選〈1〉 (論創ミステリ叢書)

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