呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

松本泰「不思議な盗難」を読む

 天才は多作だ。というツイートを見かけた。

 確かにそうだろう。手塚治虫石ノ森章太郎も生涯で膨大な作品を残した。藤子不二雄Aは「まんが道」の中で「自信が圧倒的な線のスピードを生む」と言っている。

 天才は迷いがないのだ。

 その代わり「?」な作品や「失敗作」も大量に生産する。手数が多いのだ。常に試行錯誤し、色々な見せ方を「作者本人がまず楽しんで」繰り出している。

 すごい境地である。物書きや創作が好きな人達は

「じっくり時間をかけて、取り掛かるまで準備をして…」

 などと言ってる場合ではない。常に動かしていないとパンチは鈍るのだ。

 私も49歳になったことを機に、新生呉エイジとして色々と思うところがあった。この「できるだけ毎日ブログ」もパンチを磨くためである。

 実は昨夜、嫁さんと大喧嘩をしてしまい、今、滑稽な文章を書ける心理状態ではない。

 愛犬の血液検査の結果が悪かったから病院に連れていく、という嫁さんの午前中のメールの内容を、激務と残業の中、すっかり忘れて家に帰り

「あれ? 今日はジム行かなかったの?」

 と能天気に聞いたことが嫁さんの怒りに火をつけた。

「あんたは愛犬の様子が気にならんのか?! 動物病院の行き来で私がジムへ行く余裕があったと思うか? アンタは呑気にジム行ってきたみたいやけど」

 私もここでカチンときてしまった。確かにメールは読んだが、仕事は激務である。家族のために身を粉にして働いて帰り、記憶も脳みそも「うんこ」のようになってしまったヘトヘトの状態で、何気なく言った一言で嫁憤怒である。

 やり切れない、全くやり切れない。人生とはこんなにも空しいものなのか。虚無である。真面目に働く私を大事にしないと、ジムで目の合う「まゆゆ似」の女性と浮気するぞコラ。

 私は男を見せた。いつもは和室に布団を並べて嫁さんと寝ているのだが、私は男を通した。嫁さんの目の前で布団一式を抱え上げ、和室を出て廊下に布団を敷いた。

 誰が一緒に寝てやるものか。

 そうして朝、洗濯物を抱え廊下を歩く嫁さん。

「そんなところに寝たら邪魔やろが! 洗濯物アンタがするんか?」

 と、こうである。人か、鬼か。

 また機会を改めて、滑稽な文章を書くよう、心理状態を落ち着かせブログに取り組む所存でございます。

 さて、今回は「不思議な盗難」を読み終えた。

 キタ! 遂にキタ。泰先生、遂に私好みの短編を書いてくださった。

 ここまで読んで、今の所この短編が個人的ベストである。

 ここから先はネタバレありなので、未読の方はご注意を。

 さぁ、この話の構造を言ってしまえば

「ようこそ探偵さん、おあがりください」

 依頼人は老紳士で高価なスーツ、まだ豊かな頭髪の上に眼鏡を乗せ、陽気に探偵を招き入れた。

「で、昨日買われた数十万円のメガネが、ほんの少し庭の景色を見ていた間に盗難にあわれたということですが…」

「そうなのです、私は敵が色々おりまして」

 百戦錬磨の探偵小説読みなら、この段階で真相は看破されていることと思う。まぁ、私の例文の叙述トリックの仕込み方もバレバレではあるが、本作、谷崎潤一郎の「私」の流れを汲む「信頼のおけない語り手」モノなのだ。

 泰先生、その「核」をなんとか隠そうと、屋敷に住む不良少年を登場させ、探偵に尋問をさせる。窃盗しそうな不良少年なのだ。

 そこで旧態依然とした脅迫に近い尋問法で(その過剰な演出に泰先生の批判精神も含まれているように感じる)少年を追い詰める。結局、少年が盗みを自白し、解決か?! と思わせておいて、家に行ってみれば「牛肉」を盗んだ、という「引っ掛け」もかましつつ、物語は「依頼主との対決」という本陣へ。

 そこで探偵の繰り出す質問に、ちょっとずつ「ボケ老人」の返答が重なっていき。

 という趣向だ。このようなバカトリックで、壮大なアンチミステリ作品を組み立てたらどうなるか、という夢想をして読みながら笑ってしまった。いや、屋台骨が弱すぎるだろ。

 依頼人が状況説明、高価な品物の紛失、周りにいる敵、これらを探偵を招いて延々と説明するのだが、ボケ老人なのだから。

 アンチミステリを先取りした作品、と言えるか? 言えないか?(笑)

 

1926年(大正15年)8月「探偵文藝」

松本泰探偵小説選〈1〉 (論創ミステリ叢書)

松本泰探偵小説選〈1〉 (論創ミステリ叢書)