呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

松本泰「清風荘事件」を読む

 ネット上では様々な保存サービスがある。動画、音声、写真。

 一人や二人ではない、もはやスマホは一人一台の時代。アップされる動画、テレビ番組、音声、個人の撮影した日々増えていく写真。数万人、数億人のデータ。

 これらをどのようにして保管しているのか。その数は? そういうことを考えていると気が遠くなりそうになる。

 私の知っている範囲の機材、用語で想像の範囲内で日々アップされ続けるデーターをどのように対処しているのか、保管現場を描いてみようと思う。

「ダメだ、ものすごい勢いでデーターがアップされ続けている」

「さっき繋いだ1テラのHD、もうすぐ一杯だ、なんとかしてくれ」

「待て、今箱を開けている。新しいのを繋ぐ」

「新発売のHDが届いたわ。2テラよ」

「おぉーっ」

「速やかに以前のデーターを2テラに移し変えろ。一つもデーターをロストすることなく、な」

「移動した後の1テラはどうする?」

「どこかの企業に破格値で売りさばいて、より大容量のHD購入用の資金にするのだ」

「それにしても今アップされているこの写真データ。汗臭そうなデブオタとクソ汚い犬とのツーショット写真。こんなもの残す必要があるのか? 半永久的にネットに残す意義があるのか?」

「つべこべ言うな。内容がどうあろうと「残す」のが我が社のサービスなのだ」

「至る所からテレビ番組の動画がアップされ続けているわ、全チャンネルの全番組。気が狂いそうよ」

「手を休めるな。一杯になる前に新しいHDを繋いでデーターを整理するのだ」

 新人はトイレのために席を立った。

 廊下を歩きながら考える。日々アップされ続けるデーターをHDで管理しているが、その大元となるメインのHDとは一体どんなものなのだろうか?

 メインのHDルームは立ち入り禁止になっている。しかしデーターがオーバーフローした、と言う話は聞かない。

 どんな容量なのか。そんな優れた大容量なら、資金を惜しまず我々末端の設備に加えてほしいものだ。

 現場はいつでも火の車なのだ。

 新人は腹が立った。立ち入り禁止のドアをエリート社員キーで開けた。

「中ではどんなマシンが動いているのか」

 暗い廊下を歩く。心臓が高鳴る。上層部がひた隠しにするメインHD。

 新人は扉の隙間から見てしまった。巨大な半円球のガラス内で水に浮かぶ「ルパン三世のマモー編」で見た巨大な脳髄が、時折稲妻のような光を脳の奥で発しながら浮かんでいる姿を。

 新人が盗み見ている様子は上層部が一部始終隠しカメラでモニターしていた。

「知られたようだ。可哀想だが彼からも脳髄を取り出してビッグブレイン(生体HD)に統合しなければならない。ほぼ囚人の脳なのだが、秘密を知られたからには仕方がない」

 上司は新人が盗み見ている足元の、床の落とし穴の作動スイッチを何のためらいもなく押した。

 

〜完〜

 

 ※

 さて、今回は「清風荘事件」を読み終えた。

 内容に踏み込んでいるので、未読の方はご注意を。

 それにしてもなんという「そそる」タイトルであろうか。「清風荘事件」アパートを舞台としたミステリ作品である。

 で、内容はどうか、となるとフェアかアンフェアで言えばアンフェアである。

 かなり後出しじゃんけんで、犯人が現れる。

 色々な人物を配置し、人間模様を積み重ねていっているにも関わらず、それらは犯人とは全く関係ないエピソードで、この犯人の出し方を現代で行えば、炎上及びバッシングをくらいそうである。

 ここまで書けば「逆に読みたい」方も出てくるのではなかろうか?(笑)

 犯人を匂わせる一行でもあればまだ良かった。

 例えば

「結婚と恋愛は別とは思わないかね?」

 と被害者にでも言わせておけば、かろうじて叙述トリックとまではいかないが「喧嘩の勢いで自分の恋愛観を語ったのではなく、この被害者は実はすでに結婚していたのだな」くらいは予防線が貼れたのではないか?

 ただ雰囲気は凄く良くて好きだ。最後のセリフのやり取りもユーモラスでグー。

 

1932年(昭和7年)12月「講談倶楽部」

松本泰探偵小説選〈2〉 (論創ミステリ叢書)

松本泰探偵小説選〈2〉 (論創ミステリ叢書)