呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

松本恵子「皮剥獄門」を読む

 読めよ、読めよ、読みたい本があるならば、読書スピードを上げ、課題図書を消化すれば良いだけの話。

 と自分に言い聞かせてみるも、絶望的に遅読の私は、そんなに何本も1日に小説を読めない。

 集中力の能力もあるだろう。本を読んでいても「喉が渇いた」と思ったら、読書よりも乾きが気になって、台所に行ってアイスコーヒーを作って飲む。

 当然、読書は中断される。

 集中力の高い人は(相棒の金平もそうで、奴は集中力の化け物のようだが)読書中は物語にのめり込んで、喉の渇きも浮かんでこない。読書に没頭するのだ。

 意識散漫、私の短所である。

 最近買って、課題図書である論創ミステリ叢書シリーズの合間を縫って読んでみた単行本。

 

許されようとは思いません

許されようとは思いません

 

 

 芦沢央先生の「許されようとは思いません」である。

 まだ2本目までしか読んでいないのだが、2本目の「目撃者はいなかった」これがイイ。

 新人営業マンが先輩に呼びつけられ褒められる。営業成績のことについてだ。主人公は首をかしげる。そんなに営業を頑張ったつもりはない。

 自分の机に帰って伝票を調べると、納品するための木のテーブル。1個発注のところを11個誤発注し、35万円の売り上げになっていた。

 今更、ミスを報告する勇気もない。主人公は先回りして木のテーブルを配送業者のふりをして引き取り、自腹で10個を買い取り、ミスを隠そうとする。

 その出先で交通事故を目撃してしまった。

 ストーリーはその後、その交差点死亡事故(加害者が死人に口なしをいいことに偽証)を巡って、証言をした方がいいのか、だが証言すれば、ズル休みして行ったミスの隠蔽がバレる。会社員ならあるあるの、ミスの隠蔽真理がリアルで面白い。

 そのうち、警察が自宅を訪れ、会社に死んだ被害者の妻が訪れたり、と、一つの嘘をついたおかげで身動きが取れなくなる主人公の苦悩がサスペンスフルに描かれる。

 ラスト、これはイヤミスに分類される内容で「因果応報、とはいえ、そこまでする?」といった不運に主人公は見舞われる。

 厳密なトリック、などのミステリ作品ではなく、社会派ミステリが席巻した時代の中間小説的な筋の面白い犯罪譚、といえよう。

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 ※

 さて、今回は「皮剥獄門」を読み終えた。

 初松本恵子作品である。先行して紹介した探偵作家、松本泰の奥様だ。この作品は時代物ミステリで、なおかつ厳格な本格作品である。

 出典があるかどうかは不明らしいが、読んで驚嘆、これは旦那さんより才能があるパターンか? と思わず声が出た。

・小間物屋と隠居の江戸風情を漂わせた心温まる商いの描写が冒頭にある

・状況は一転、その隠居が刺殺され、出入りしていた小間物屋に嫌疑がかかる。

・役人の検視の際、現場のロウソクの状況など明確に提示してある。

・小間物屋が顔の皮を剥がされる極刑「皮剥獄門」に処せられ首を晒される。この極刑も伏線となっているしたたかさ。

・大阪から父の無念を晴らしに、無罪を信じる幼い息子が江戸に登る。

 そして大岡越前を前に改めて裁きの続きを行うのだが、これがまた意外性もあり、不可能とも思える嘆願も、大岡はアッサリとひっくり返し、見事に着地させる。

 ロウソクの火が無罪を証明しているのだ(こういう理詰めの検証、個人的にはすごく苦手で、私の頭の悪さが丸出しになってしまう)

 出典がある、としたら、無念の死を遂げた父との意外な再会話くらいで、伏線やアリバイの立証は松本恵子の創案だと思われる。だったとしたら、夫よりも本格探偵小説に近い構築力ではないか。この作は大正12年の作、驚かされる。

 

1923年(大正12年)8月「秘密探偵雑誌」

松本恵子探偵小説選 (論創ミステリ叢書)

松本恵子探偵小説選 (論創ミステリ叢書)