呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

もしも宝くじが当たったら

 もしも宝くじが当たったら、それはもう生活基盤になんの心配もないので、色々な遊びをするのだ。

 会社へ面接に行き、履歴書にプリクラで加工され目が巨大になって美白になった写真を貼っていく。

「いい歳して君はこんな写真を貼るのかね」と面接官に怒られ

「すいません、すいません」

 と笑いを堪えながら謝るのだ。

 面接官は私が職を失い、必死になって就職活動しているのだろう、と察し

「もう一度履歴書の写真を貼りなおしてきたまえ。プリクラは論外だよ」

 と優しく諭してくれるのだ。私は涙ながらに「ありがとうございますありがとうございます」と面接官の手を取り号泣。

 次の日、今度はプリクラではなく、ちゃんとした写真を貼っているのだが、バックがひまわり畑。

 真面目な顔で正面を向いた写真なのだが、背景全部ひまわり。

 面接官は頭を抱える。しかし、本来私は仕事ができるので、それに愛想も良いので、後日背景は白の写真を持って差し替えなさい、と言われ、期間社員として合格。

 その会社に滑り込む。

 私の目的は会社に入って、そこでの生活を小説に書くことであった。残りの余生はそうやって過ごすのだ。

 姫路から遠く離れ、今は石川県、半年後は山形県、といった具合に。

 レオパレスを借り、自由な自炊生活。私が宝くじを当て、私の口座に6億入っているので、嫁さんも文句を言わない。甲斐性のある男なのだ。

 夜になるとフェイスタイムで遠く離れた嫁さんと連絡を取る。

 そして新生活だ。ベルトコンベアから缶詰が流れてくる。それを検品するのだ。手取り12万。低すぎて働きながら笑う。

 そのラインはチームになっていて、御局様が仕切っている。新入りの私にも風当たりが強い。

 嫌味を言ったり初日からわめく。最初にガツンと頭を抑え込もうという腹だ。

「見るスピードが遅い。全くなってない。姿勢もダメ」

 御局様は初日であるのにも関わらず、新入りの私をいびりまくる。隣の薄幸な35歳くらいの女性がウインクしながら「気にしないで」と口を動かす。

 私がリストラされたダメな社員だ、と御局様は思い込んでいるのだ。

 だが、私は優秀なので、職場環境をザッと見渡しただけで、問題点がすぐわかる。

「個々の見るスピードよりも、まず棚のレイアウトに問題があると思いますね。手前の机を移動させて棚と入れ替えれば、取りに行くスピードは劇的に短縮し、一日に換算すれば一時間は効率が上がると思いますよ」

 と意見し、御局様はヒステリックに叫ぶのだ。

「そんなことはわかっている。新入りがわかった風なことを言うな」

 とブチ切れるのだ。

 昼休み、先ほどの薄幸そうな35歳の熟女が、弁当を持って会社の裏庭の芝生でコンビニ弁当を食べている私の近くのベンチに座る。

「あら、呉さん、コンビニ弁当? 奥さんは作ってくださらないの?」

 ジャブを入れてきたので返す。

「独身なんですよ」

 すると向こうは少し身を乗り出す。

「私、バツイチだから弁当作ってもおかず余っちゃって、よかったら作ってあげましょうか?」

 もちろん乗る。聞いてもいないバツイチ情報に脈あり、と踏む。

 夜はレオパレスに帰り、この会社を舞台に、社名、人、全部匿名にして小説に書く。ジャンルは「就職小説」として「あそこがモデルじゃないのか?」などネットで連載形式で発表し、一部のコアなファンに受ける。

 翌日、御局様のいびりはさらにヒートアップする。ネタになるので内心笑いながら従う。

「一日掃除だけやれ」

 と言われる。もちろんそういうイビリも小説に書く。

 帰り道、薄幸の熟女と偶然か付けられたか一緒になる。一日掃除の刑に同情し、慰められる。

「頑張って、辞めないで」

 と励まされる。御局様に睨まれた中年男性は二日で辞めるそうだ。

「この近くのアパートに住んでるの。お酒あるから励ましてあげるわ」

 アパートに入るなり、愛欲に乱れまくる。そういう描写はどキツいので小説には書かない。

 そして半年、いびられ続け「辞めます」と御局様に告げる。嬉しそうな顔を必死に隠す御局様。薄幸の熟女は寂しそう。

 そして終業のベルが鳴る。ぞろぞろと工場から出る。私はフェラーリーに乗って退社する。目が飛び出て驚く御局様。

 数日後、小説は完結する。辞めた会社の社長宛に、ネット連載のアドレスを封書で送る。

 社長は一読「我が社のことだ」と察する。そして入るものをイビリ倒す御局の実態を知り、役職から下ろす。御局はなんで降格されたのかわからない。

 そして薄幸の熟女にも手紙で連載のアドレスを送る。

「いろんな県をまたいで、就職した経験を小説に書いているんだ。ごめんね」

 熟女は泣く。ハンカチを噛みながら。

 宝くじが当たったら、こんな余生を送りたいものだ。〜完〜