津山旅行記もぶった切っての緊急掲載である。
こんなことなら、このブログのタイトルにもある通り、大好きな探偵小説を読んでストイックに感想を書く。そんな毎日を過ごせばよかったのだ。
男子更衣室、女子更衣室から同時に出て廊下で鉢合わせしてしまったのだ。
通路で並んで立ち尽くす格好になった。目が合ってしまったので、私は五十にもなるというのに、勇気を振り絞った。
「こんばんは」
向こうは硬直している。アンケートも取ったので、ここで続かねばならない。
「いつもダンス上手ですね」
これはアンケート結果を無視したチキン野郎行為だったのだが、よく震えずにスッと言えたな、と思う。
すると彼女は下を向いて小声で
「いいえ」
と宙を彷徨う視線で返答した。
私は「こりゃ脈ないな」と瞬時に判断した。張り裂けそうな胸の内を悟られぬよう、早足で先にジムに入った。
私は何故か泣きそうになって、あぁ、こんな気持ち、高校三年のフラれた時を思い出すなぁ。
と、列に並び涙を堪え周りに悟られない様に佇んでいた。
足は震え、手も震えていた。
色々あったのは、全部男の都合のいい妄想だったのか。今、彼女は「気持ちの悪い思いをした」と身震いしているのだろうか。
スタジオでエアロビの列を待つ。彼女が毎回入るプログラムだ。
私は怖くて後ろを振り返る事が出来なかった。
辛すぎてこのまま帰っても良かったくらいだ。
私はただ、気軽に挨拶できるジム友になりたかっただけだ。それが女性には視線が宙を彷徨うほど怖い事なのかもしれない、その温度差。
きっと「気色悪っ」と吐き気を我慢して、そのままUターンして帰った事だろう。
私の淡い想いは終わった。
スタジオに入り、最後尾に並ぶ。
すると、帰ったと思っていた彼女がスタジオに入ってきた。正面のミラーに反射して、後ろから歩いてくる姿を盗み見たのだ。
これ以上恥の上塗りは勘弁してくれ。
恥にまみれ、プライドを引き裂かれ、私は穴があったら入りたかった。
今、貴方は文学の誕生を目の当たりにしている。
すると、どうだ、先ほど小声で迷惑そうに返事をしたクセに、私の真ん前にチョコンと座ったではないか。
今更どうしろというのだ。もう私に次の会話の手持ちは無い。
何故前に座る。
「逆恨みされたら怖いから普段と一緒にしておこう」
という判断なのか。
私は辛すぎて女心がわけわからなすぎて、何故平然と私の前に座る事が出来るのか、理解が全く出来なかった。
怖いのなら距離を取れば良いではないか。
体操座りで前後に並ぶ。開始まで二分、私は何も喋る事が出来ない。向こうはストレッチをしている。
途中の給水タイムでも、私の水筒の横に彼女も水筒を置いている。
何故、そんなことをするのだ。
刺されたりしたら怖いから、きっと先ほどの挨拶を無かったことのようにしているに違いない。
何度も給水で並んで歩くのだが、会話など出来る精神状態ではなかった。
情けをかけるのはやめてくれ。結局プログラム中、前後にその距離1メートル以内に並んでいたのに、私の傷付いた心はそれ以上傷を広げることなど出来なかった。
妄想とは怖い。気軽に挨拶を返してくれる、と半分以上思っていたのに。
ジムを辞めようか、と思っている。
〜完〜