呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

倉知淳『皇帝と拳銃と』を読む

 創元推理文庫倉知淳『皇帝と拳銃と』を読んだ。四本入りの短編集である。

 

皇帝と拳銃と (創元推理文庫)

皇帝と拳銃と (創元推理文庫)

  • 作者:倉知 淳
  • 発売日: 2019/11/11
  • メディア: 文庫
 

 この作品は倒叙ものと呼ばれる形式で、刑事コロンボでお馴染みの、先に犯人の犯行シーンを見せ、警察や探偵がどのようにして真相にたどり着いたか、が見せ所の作品。

 犯人は犯行がバレないよう、必死になって偽装するし、隠し通そうとする。犯罪を犯した奴など罰せられれば痛快なはずなのに、この倒叙形式という奴は、犯人に感情移入してしまうところがあり、有能な刑事、ここでは死に神のような風貌の乙姫警部(名前のギャップも面白い)とイケメンの若い刑事、鈴木刑事が犯人に対して、何度も、しつこく、自宅や職場を尋ねてきて、チクリチクリと痛いところを質問してくる度に、読む方もドキドキしてくる、そういう面白さがあるのだ。

 犯人が最初に『完璧だ!』と思いながら犯行を犯しているので、その経過も一緒に読者は見て理解している。どう考えたって見破られるはずが無い。だのに『そんなこと気になるの??』『そこを更に気になられたら困る』『ヤバい』と、警察の追求が重なるにつれて、読む方が『捕まりたくない』と思いだすのだ。

 ここから先はネタバレを含むので、未読の方や読む予定があればスルーでお願いします。

 まず個人的に好みの作品は『運命の銀輪』物理トリックよりも、心理的に納得できる追求が好みなのだ。

 この作品の決め台詞に毎回ではないが『最初から疑っていました』というのがある。私に置き換えて説明しよう。私が共作者である相棒の金平を、完璧な方法とアリバイで殺害した。自分で殺したので、相棒の死は当然知っている。警察が最初に訪れた時、カマをかけて『金平さんが亡くなられまして』と振ってきても、内心の私は『誰に殺されたんですか? と聞き返すものか』と思いながら警察と対峙している。

 しかし、だ。編集部からの第一報で『金平さんが亡くなった、それも他殺らしい』という電話を貰い、それが警察の来る前だったので『尋問より先に知っていた』と私は警察に説明した。

 しかしこの作品の乙姫警部は、私の携帯電話の利用履歴を調べ、一度も金平に電話をかけた形跡がないことに不審を抱く。

 そこまで仲の良い相棒ならば、編集部から亡くなった、という報を受けたら、確認するために電話をするはずだ。なんだ誤報か、良かった。という確認の電話を金平にするはずだ。それをしないのは、自分が殺してその情報が正しいことを既に知っているからだ。という指摘。なるほどな、と。偽装が完璧すぎて、人間の心理を見落としてしまい、そこを突かれ瓦解していく。そういうところが面白いのだ。倒叙推理は。

 二本目の『皇帝と拳銃と』は、これも犯人の追い詰められる過程での心理の声が読みどころとして面白い。

 三本目の『恋人たちの』は、逃げ切れると思えた犯行を、警部の執念深い徹底トンデモ科学捜査でひっくり返る様が重厚。

 四本目の『吊られた男と語らぬ女』は、ここにきての変化球。動機がぶっ飛んでいるが、そういう心の症例なら、ありなのかな、とも思う。意外性からの逆の組み立てな作話で、ミステリ作品だから、多少はね、人間性をねじ曲げても。パズル小説ですから。

 以上四本、どれも楽しめた。『えっ? これ完全犯罪でしょ、これ覆せる?』と思いながら読み進めて、警部の質問に金玉が縮み上がる、そういう楽しみ方ができる一冊。オススメしておきましょう。

 

皇帝と拳銃と (創元推理文庫)

皇帝と拳銃と (創元推理文庫)

  • 作者:倉知 淳
  • 発売日: 2019/11/11
  • メディア: 文庫