呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

妹尾アキ夫『人肉の腸詰』を読む

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 読んだテキストはイチオシの個人レーベル、湖南探偵倶楽部さんより。短編一本を製本した愛すべき一冊である。

 しかし、テキストだけを考えれば、所有している論創ミステリ叢書でも読めたのであった。それでもこちらは初出の挿絵付きである。これがまた良い味を出している。編者への今後の活動支援とお布施のつもりで注文した。

 さて、例によって完全にネタバレするので、未読の方、これから読もうと思っている方はご注意を。

 企画物の連載か、副題に『楠田匡介の悪党振り(第三話)』とあった。

 まずタイトルが良い。堂々と『人肉の腸詰』(じんにくのソーセージ)である。えっ? と二度見する感じになるし、語感もインパクトがあり掴みはバッチリだ。変格探偵小説はこうでなくてはならない。

 楠田匡介は夜の盛り場で新聞に目を通し、儲け話を探していた。疎遠になっている妻は遺産を相続し金持ちになっているというが、変なプライドが邪魔をして連絡をしていない。風来坊を気取った生活を続けている。

 そこで一つの奇妙な広告に気付く。暗号めいた広告を心得のある楠田匡介はスラスラと読む。どうも待ち合わせのようだ。胸に花を挿して、という一節から、互いに面識の無い会合だと推理する。ここで、少し早めに待ち合わせ場所へ行き、理由を付けて店から連れ出し、そのまま成りすまして儲け話にありつこう、と楠田匡介は考える。

 この日常にありそうな広告から展開する探偵趣味が実に良い。読む方も『大丈夫かよ』と一緒になってドキドキしてくる。

 果たして広告主は現れた。探りを入れながらの会話も実にスリリング。向こうの出したワードに乗っかりながら、不自然さを悟られないように、それっぽく当人を装って成りすます。こういう会話劇の持って行き方も実に探偵趣味横溢。

 そうして依頼の内容を聞き出す。ある家に隠されている額の裏にある手紙を持ち出してくれたら礼を弾む。というもの。三千円で、と切り出され、当時の価値がどれくらいのものか分からないが、ここで楠田匡介

『は? 命を張った仕事が三千円ですと?』

 と、大胆にも釣り上げにかかる。読む方はハラハラしながらも得られる痛快さ。

 前金で千円もらい、成功したら四千円出すという。このまま夜の街に消えれば依頼主にも分からないまま物語は終わってしまうが、そうはならない(笑)

 そうして書かれた地図の洋館に忍び込むと、果たして手紙はあった。しかしいきなり閉まる窓。仕掛けのある家だったのだ。武器を持たずに侵入したことを後悔する楠田匡介

 ここらへんも無理が無いよう、依頼主から大きな犯罪に繋がらないように、と武器を持たず仕事にかかれ、と言われている所が破綻無く、ツッコム隙を与えないでしっかりしているところ。物語の骨格が頑丈なのだ。さすが妹尾アキ夫。

 そこで出てくる妖しいコック。部屋の中は樽だらけ、床には血が流れている。

 どうやらここは、人肉を加工して海外に高値で売りさばいている秘密工場なのだった。たまに馬鹿が新聞広告でひっかかり、材料になってくれる。と、喜ぶコック。丸腰で絶望的な主人公。

「女の肉はハムにでもベーコンにでもなるね。脳みそは卵と一緒にフライパンに油引いて一緒に焼くと美味いよ」

 平然と言い始める。ここらへんの探偵趣味もたまらない。マジかよ、となる。

 死ぬ前の最後の水を頼んで、その隙にコックをひっくり返して逃走に成功する楠田匡介。ここで物語は終焉を迎えるのだが、冒頭のフリがしっかり活きてくる。

 短い枚数で無駄の無い構成。ここで現実に引き戻される感じが、良い悪い関係なく、作り物である探偵小説の宿命なのだろう。