呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

小酒井不木『酩酊紳士』を読む

 本日は再びイチオシの個人レーベル、湖南探偵倶楽部さん発行の知られざる短編シリーズその4。小酒井不木の『酩酊紳士』を読んだ。

 

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 平林初之輔が不健全派で分類した小酒井不木であるが、私は個人的に不木は変格に感じたことはない。ド本格か? となればそれも違うのだが、本作などはまっとうに謎文学を構築していると思う。

 今回も内容に踏み込むので未読の方はご注意を。

 まず舞台が名古屋だ。私は幼少の頃、名古屋の吹上に住んでいた。舞台となる鶴舞公園にもよく遊びに行った。昭和50年の話だ。なので、色々と懐かしい思いを胸に読み進めた。

 まず事の発端は交番勤務の警官の夜の巡回から始まる。そこでベンチで酔っ払いを介抱している男のやりとりを目にする。

 心配事や身体の不調で、心配に思いながらもやりすごす警官。スルーしておいて罪悪感に襲われている描写などは作者の生真面目さが感じられる。

 介抱されていた男は警官も顔見知りの近所の男で、巡回を終え、交番で一息ついたところで、その本田の弟が血相を変えて飛び込んでくる。兄が家の前で殺された、というのだ。

 ショッキングなシーンで掴みもバッチリ。

 告白すると本作、真剣に考えてみたが、私は真相に到達出来なかった。手がかりを全て出して、という本格仕立てではないのだが、私にとって意外な結末、真相であった。

 刑事が尾行して料亭で怪しい女との会談を盗み聞きして真相に到達するのだが、それが鶴舞公園で聞いた、介抱した時の声色の物真似だったのだ。それを聞いた女が

「よしてよ、気持ち悪い」

 と不吉がって厭がるところで刑事はピンときた。これは夜霧の中で、という舞台設定も伏線となり、ここでページをめくる手を止めれば、アリバイトリックの真相を考える猶予もあったかもしれない。

 読後感じるのは作者の聡明さ。頭ずば抜けて良かったんだろうなぁ。胸を悪くし、短い生涯で17巻にもなる全集を出せるほどの仕事量。その他にも同人で乱歩も参加した合作も行っている。

 脳のクロック周波数が常人とは懸け離れていたんだろうなぁ。

 不健全派、変格の括りだけでは決して括れない、探偵小説の大衆化を意識した作家であった。論創ミステリ叢書で纏められている少年探偵物は傑作なので、こちらもオススメしておこう。