本日は前々から気になっていた石沢英太郎の『羊歯行』をようやく読むことが出来た。期待を裏切らない傑作であった。
文庫本は絶版のため高騰している。そのお陰で長らく読むことが叶わなかった。しかしネットの師匠から『カラーテレビ殺人事件』にお目当ての作品が掲載されていることを教えていただき、値段もリーズナブルであったため迷わずに飛びついた。
本作はプロバビリティの犯罪、可能性の犯罪モノである。個人的に大好物のジャンルなのだ。乱歩の短編ベストには迷わず『赤い部屋』を選んでいる。
可能性の犯罪、というだけあり、犯人の投げかけで引っかかっても、外れても良い、という性質の犯罪である。成功すれば完全犯罪に近いものになる。
引っ掛からなければ小説として成り立たないので、作り手は陥穽に陥るような現実味のある罠を投げかけねばならないのが腕の見せ所となるのだが、この作品は違和感がなく上手い。
前々から石沢英太郎は上手いと思っていたが、この短編集を読み、その思いはさらに確かなものとなった。
被害者は羊歯マニアで、謎を追うのが親友。被害者に羊歯の魅力を吹き込んだので、責任を感じている。
被害者は珍しい羊歯を求めて山中で転落し、事故死したらしいのだ。ここに罠がある。危険な場所に珍しい羊歯があることを犯人が吹き込み、被害者は目の色を変える。その場所で見つければ大発見だ。マニアの性に訴えかけたのだ。
犯人は被害者の親戚で同じ会社、苦労人で今の同族経営の会社を大きくした。被害者は本家のボンボンで、横滑りで会社の上層部にはいってくる。
その被害者の美しき妻に、犯人は一目惚れしてしまう。この奥さんとの性的シーンも不必要な感じは全くなく、終盤のクライマックスで活きるような伏線となってくる。
植物オタクの被害者は当然セックスレス、美しき妻は逞しい犯人に抱かれてしまう。
夫の死を事故死だと思い込んでいた妻は、夫の親友から『これはそそのかして事故に追いやったのではないか』という推理を聞かされ驚く。
周囲から早い再婚だ、と言われてはいたが、再婚相手がまさか夫を死に追いやった犯人とは。奥さんは再婚相手の身体を含めた『愛』が復讐なのか本物なのか、賭けに出る。
まず『あの崖に珍しい羊歯があるぞ』と誘惑する計画に不自然さがない。そしてその場所には土壌成分から考えて、絶対に生えているはずがない、と確信する被害者の親友(彼も羊歯マニア)にも不自然さがない。上手い素材であるし、上手い調理だ。
証拠となる羊歯標本、それは偽の採集地が記された証拠となるべきものだが、それだけでプロバビリティの犯罪を立証するのには弱すぎた。
そこで被害者の奥さんの立ち位置が活きてくる。
良いミステリを読んだ、という余韻に久しぶりに包まれた。
自分でもプロバビリティの犯罪をボンクラ頭でボンヤリと考えてみた。相棒の金平に殺意を抱き、近くでコロナが出た店に行かせようと相棒に吹き込む。『あの店でセガのマスターシステムの新古品が出ていたぞ』と。相棒は探していたマシンを求め不要不急を無視して店を目指す。私の与えた情報は嘘なので相棒は売り切れたと思いガッカリして店を後にする。ここでコロナに感染、相棒はヘビースモーカーなので、重篤化して死亡。プロバビリティの犯罪は完成する。ここからどうやって犯罪を露見させるか。ここからが難しい。才能の問題になってくる(笑)