呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

大下宇陀児『夜光魔人』を読む

 本日はイチオシの個人レーベル湖南探偵倶楽部さんより、大下宇陀児の『夜光魔人』を読んだ。真相に触れているので未読の方はご注意を。

 

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 探偵小説の幼年ものを読むのは久しぶりである。写真復刻なのか、扉には中学生新書の文字が見える。雑誌の付録のようだ。奥付には出典に『中学生の友』と記載がある。

 さて、宇陀児の描く幼年ものの探偵小説とは如何なるものか。主人公は信吉くん。お兄さんは新聞記者の信太郎さん。お父さんを亡くし、お母さんと三人暮らし。

 世間では暗がりでボオッと不気味に光る謎の盗賊、夜光魔人のことで持ちきりだ。目撃情報によると、小柄で一寸法師のような怪盗らしい。

 信吉くんは部活の帰りに三人の不良少年に絡まれる。喧嘩には柔道の心得もあり自信もあるが、無駄な争いはせず結局お金を取られてしまう。

 この三人の不良が物語の謎に大きく絡んでくる。めっちゃ不良のリーダー格、今村。戦災孤児、竹中。本当は心の優しい高夫。

 序盤、結構ゆっくり話が進み、全く夜光魔人が出てこない。ヤキモキするくらいだ。人間を描く、ことを主眼にした創作姿勢なのか、人物描写に力が入る。

 ある日、信吉は暴走自動車に轢かれそうになった少女を助ける。この少女が不良三人組の一人、高尾の妹だったのだ。この辺をご都合主義、といってしまえばそうだが、同時代の甲賀三郎は、こんなものでは済まないので、まだ許容範囲である。

 二人の絆を深めるため、という演出であろうが、もうちょっと自然な出会い、不良のリーダーが夜光魔人に関係しているのでは? という信吉の推理の過程で高夫関連で出会う羽目になった。みたいな自然な流れにすれば、当時、探偵文壇が純文学畑に抱いていた劣等感を払拭する契機にもなろうが、やはり探偵小説作家はこの辺が弱いと感じる。

 いや、目の前で怪我をした女の子をおぶって家まで送り届けたのだ。健全な少年の心の模範としての啓蒙が宇陀児にあったのかもしれない。だいぶ贔屓目に見てではあるが。

 この信吉くんが本当にピュアでヤキモキするのだ。罠にかかってビルに誘い出され、上村に自転車チェーンで顎を殴られ(結構残忍)隙を見てやり返すのだが、向こうがやられたフリをして涙を流す芝居をすれば、可哀想になって油断して逆に落とし穴に落とされる。

「何をしとるんじゃ! 冷徹に行かんかい」

 と読む方は焦ったい。

 上村は宝石商の金持ち、倉沢の家で厄介になっているのだが。先に倉沢邸に訪れた新聞記者、兄の信太郎も罠にかかり、同じビルの落とし穴に監禁されていた。

 夜光魔人が上から現れ、残酷にも地下室に水を入れて水死させようとする。残虐非道な手口。少年たちも震え上がったことだろう。

 正直、私はこの犯人のトリックが分からなかった。『え? この登場人物の少なさで?』と同好の士のあなたは思うかもしれない。

 だって犯人は一寸法師って言ってたし。辻褄が合わないし。まさか、そのような理屈で通してくるとはシンプルすぎて逆に読めなかった。一本取られた次第。

 そうして最後は戦災孤児に向けられた温かい眼差し。私は胸が熱くなった。弱者には手を差し伸べよう。親切にしよう。という宇陀児の若者へのメッセージがたまらなかった。逆にこういうヒューマニズムが中途半端な結果にもなりがちで、本格擁護派からは突かれたりする所以なのかもしれない。

 ガチガチの本格派、甲賀三郎は『探偵小説に謎以外の余計なものはいらん。馬にツノがあったら、それはもう馬じゃない』的なことを言えば『馬にツノがあって便利なら、それ研究するのもええやん!』と言い返した宇陀児のことである。

 推理的には直感というか、当てずっぽうに近いもので、ここが弱いのだが、その弱点が気にならない程の真犯人のシステムだったため、個人的には気にならなかった。

 さて、この復刻。私も実はやってみたいのだ。だが知識がない。甲賀三郎の復刻とか私家版で出してみたいのだが、親族の方から叱られないだろうか、みたいなことを考えてしまう。湖南探偵倶楽部さんに聞いてみたいことだらけなのだ。

 著作権のこととか老後に向けて勉強していきたい。その時には変名で出すと思う。呉エイジが復刻に便乗して自分の本も売込みたいのではないか? と思われるのが嫌だからである。

 純粋に甲賀三郎の扱いが不遇すぎるので、なんとか世間に作品の良さを知ってもらいたい。という一心からなのだ。