呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

倉野憲比古『弔い月の下にて』を読む

 

 

 短編集が出る、ということなので、楽しみに取っておいた倉野憲比古『弔い月の下にて』を読んだ。

 個人的に楽しみにしていた長編探偵小説である。

 ここで表明しておくと、これはもう、私の後半生の勲章ともいうべき出来事なのだが、ミステリ界の生きるレジェンド、あの『匣の中の失落』や『ウロボロス』シリーズの竹本健治先生から、変格ミステリ作家クラブへお誘い頂いたのだ。

 もちろん私はスマホを持ったまま、直立不動でお受けした。ツイッターでよく呟いているので、変格探偵小説ファンのお情け枠の位置だろうけど私は感動した。

 

 

 倉野憲比古さんも変格ミステリ作家クラブ会員である。つまり同窓だ(笑)

 そして本作は〜変格探偵小説なのか? はたまた異形の本格なのか?〜という作者から読者への問いかけが著者の言葉として冒頭に掲げられているのだが、私の読後感を表明しておきましょう。

 本作は変格探偵小説ですね。それも【新変格】と呼んでもいい、濃厚な探偵小説趣味、空気感を感じさせつつ、現代にアップデートされている一篇、だと思いますね。

 曰く付きの島、興味本位でボートで近づく三人の若者、からの拉致、不気味な使用人マーカとミーシャ、この二人から主人公の夷戸らは携帯を取り上げられ海に捨てられる、ボートに穴も開けられて沈没、帰ることができない、ここは隠れキリシタンの島、軟禁状態のままバベル館へ。すると先に拉致された三人組が館内に。

 もうこの導入だけで私は読みながら『ええぞー、ええぞー』となるわけですね。もっと変わったものを読ませてくれ! と。

 私の本格観、それは谷崎潤一郎の『白昼鬼語』になるのだが、それに照らし合わせれば、本作はその割り切れない不気味さを含め、相当変格に寄った内容だと思う。

 怪奇小説の色も濃いのだが、推理、とは敢えて言わず、心理学を専攻する夷戸の知識に裏打ちされた解釈、了解操作、この行為が一種の発明で、これを挟み込むことによって変格長編探偵小説という骨格を維持できている、と思う。

 しかしこれはかなりぶっ飛んだ解釈の内容なので、頭のお堅い読者なら『与太』扱いしそうなほど(笑)しかし、もともとそういうものも探偵趣味ではないか。小栗虫太郎の『失楽園殺人事件』海野十三の『点眼器殺人事件』あたりの解決を読んで眉を顰める向きは、頭の良くなる小説だけお読みになれば良いのかな、と思う。

 褒め言葉ですけど、登場人物、会話、長尺の自分語り、軟禁しておいてリクエストすると高価なお酒でも振る舞う使用人(笑)など、変なところは山ほどあるが、もうそれらの世界、空気がたまらない。作者の脳内で自己培養された虚構世界観、そういう場所で淫しても良いではないか。

 スゴイの読んじゃったな、というのが率直な感想。読者を選んでしまうかも、という危惧を抱きつつ、次作ではもっと振り切った世界観を見せてー、というリクエストを添えて。

 製作中の短編集、とても楽しみである。ビバ! 変格探偵小説。