呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

甲賀三郎『蜘蛛』を読む

 

 

 本日は甲賀三郎の短編『蜘蛛』を読んだ。なんだ、呉エイジ甲賀三郎好きを標榜しておきながら、基本のど定番である日本探偵小説全集に収録の作品すら未読のままなのか、というお声も上がりそうだが、私から言わせれば「全く復刻の進まない甲賀作品を、先に全部読んでしまったらどうするのだ」という悲痛な叫びがあってからこそ、の積ん読である。

 

 なので刊行されている甲賀作品は、チビチビと、味わうように楽しんでいる。真相に言及しているので、未読の方はこの先の文章にご注意を。

 

 本作品は文学時代の昭和五年一月号に発表された作品で、同時代では江戸川乱歩が『孤島の鬼』『蜘蛛男』の連載をしている。通俗長編にシフトしていた頃だ。横溝正史は『芙蓉屋敷の秘密』の頃。

 

 活躍する乱歩の姿を見てインスパイアされ『蜘蛛男』の連想から本作に使う小道具として蜘蛛をチョイスした、かどうかは分からない。

 

■江戸川くん、僕だって変格のような物を書けるんだよ

 奇妙な建築物、円筒形の建物が支柱の上に乗っている研究室で、辻川博士は蜘蛛の研究を始めた。この辺りは館もののフォーマットを意識したのであろうか。

 従来の研究を投げ捨て、蜘蛛の研究に打ち込む変人として描かれる。

 そして研究室内の描写として特筆すべきなのが、不気味な小道具の列挙。変格作品において、重要な技巧といえよう。

〜八本の足を付けた怪物が思い思いに網をはって蟠踞していた。大型のおにぐもや、黄色に青黒い帯をした女郎蜘蛛や、脚が体の十数倍もあるざとうむしや、背に黄色い斑点のあるゆうれいぐもや、珍奇なきむらぐもや〜

 など、気味の悪い名前をチョイスして並べ立て、不気味さを演出している。図鑑を見ながら選んでいたのだとしたら、ちょっと微笑ましい。本格一辺倒だと思われたら心外だ。変格のフォーマットだって、私は難なく書けるのだよ、という挑戦心があったのだろうか。

 

■サラッと書かれる机の足に設置された謎のスイッチ

 

 この作品でトリックを通常の読み方で看破することは、ほぼ不可能に近い。甲賀三郎は〜館を動かすスイッチの存在をちゃんと描いているじゃないか〜というかもしれないが、それをフェアだとは現代の目からではとても言えない。この辺りの自己中心的な脳内ルールのせいで、復刻にも歯止めがかかっているのかもしれない。

 殺害したい博士を招き、書き手を目撃者として利用すべく招待し、二人が仲良く歓談する姿を見せつける。

 そして部屋に毒蜘蛛が逃げ出してしまったかもしれない、と先に告げておいて、毒蜘蛛ではない蜘蛛を放しておく。床を這う蜘蛛を見た博士は飛び上がって驚き、建物の外へ飛び出した。そこで転落死という事件が起こるのだが、これは電動スイッチで階段と出口の位置をずらし、足を踏み外させた殺人トリックであった。

 

甲賀! やっぱり機械トリックかい!

 

 目撃者が異常を感じ、出口に駆け寄ろうとするも、辻川博士に止められる。その間に建物の回転は完了し、出口と階段の位置は元に戻る。なかなかタイミング的にも難しい無茶トリックだ。回転は辻川博士の匙加減だし、蜘蛛を発見するタイミングも、階段が離れているタイミングで見つかるかどうかは運任せであろう。

 そして解決はご丁寧にも辻川博士が犯行の動機、経緯を書いた日記の発見。日記には毒蜘蛛が殺した博士の生まれ変わりなのではないか、という発狂ぶりを見せて、握り潰すまでの様が書かれる(当然噛まれるであろう)。そのような狂気の抒情性を出そうとしたのであろうが、やはり甲賀作品、色々と無理がある。

 それでもなんだろう、この探偵小説でしか味わえない味わいの深さは。皆さんにも愛されてほしい。剛腕から繰り出される豪速球の自己中心的探偵小説作品の数々を。