呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

大下宇陀児『情婦マリ』を読む

 本日はイチオシの個人レーベル、湖南探偵倶楽部さん発行の、大下宇陀児『情婦マリ』を読んだ。

 

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 私が若い頃は、世間では『新人類』などという言葉が流行り、世代間の相違がニュースで取り上げられたりもしたが、この作品のような戦中派と戦後の若者の思考の違いは、比べものにならないほど差があったことだろう。

 今回も有難く読んだ。コピー誌での復刊であるが、大下宇陀児の埋もれた作品群は、姫路という地方住まいでは簡単に読むことができない。

 甲賀三郎もそうだが、この大下宇陀児(おおしたうだる)も全作復刊せねばならない作家である。

日本の探偵小説黎明期を支えた江戸川乱歩甲賀三郎大下宇陀児の三人。正統派の乱歩、本格を標榜したゲーム小説の極北、甲賀三郎。後の社会派に繋がる人間観察、大下宇陀児

 現代では乱歩のみがリバイバルされ、どう見ても片手落ちだ。

『じゃあ復刻して現代の読者が何人付く? 誰が読むというのだ』

 という営業サイドの声も挙がるかも知れない。採算がとれないから、どこの出版社も復刻しないのだ。

 なので、微力ではあるが、甲賀三郎大下宇陀児の良さを広めていきたい。そう思っている。生きているうちに二人の完全全集が出る望みは、もうなさそうな気がする。

 さて、本作は戦後の若者の無軌道な生き方を軸にした犯罪譚である。謎解き小説ではなく意外性を狙った犯罪小説の括りになるだろう。

 こういうウェットな内容は甲賀三郎は絶対に書かない。だから三者三様、戦前の探偵作家は面白いのだが。

 日々、無軌道に遊んで暮らす若い男女。賭け事でスッた不良の男は、以前クビにされた薬局へ強盗しよう、と情婦のマリに持ちかける。

 マリは薬局の前で強盗に襲われた風を装い、長く独り身だった薬局の主人に、全裸で寄り添い助けを求める。

 親切心から家の中に匿う主人だったが、永らく女体に触れていなかった為、目がさえて眠れない。怖い、と部屋に入ってきたマリに、主人は一線を越えてしまう。

 家の中に潜り込んで、金のありかを探り、鍵を開け不良男に強盗の手引きをするための計画であったが、親切な主人は好きな物を買い与え、後妻に迎えても良い気持ちになってくる。

 そうなると当初の計画から気持ちは段々と主人に移っていくマリ。

 舞台が劇薬を扱う『薬局』が伏線になっているのだが。

 物語は学の無い奔放なマリの独白で終わるのだが、これもちょっと盛った感じの『そこまで愚かだろうか』と思わせるものだが、自暴自棄になって面倒くさくなって全てを投げ出す若い学のない女を描く、という点では成功しているといえるだろう。

 前回取り上げた甲賀三郎『女を捜せ』の白痴の木こりに対する目線のように、各作家の偏見の目を考えてみるのも面白い。そう考えれば乱歩には現代の目で見てもそれほど偏った偏見を感じることがなく、やはり理知的でバランスの取れた物の考え方をしていた人なんだなぁ、と書き終える間際に唸らされてみたり、と。