久山秀子『女優の失踪』を読む
カーテンの隙間から陽の射し込む部屋で、女中が枕元に置いていった新聞を読むシーンから始まる。映画のような幕開け。
新聞には大見出しで~花形女優の田村美代子誘拐さる~の報が。
人力車の車夫は誘拐半の三人組に襲われ全治一ヶ月の負傷。
隼は枕元で考える。自分が田村美代子に清新劇団への加入を勧めたので、責任の一端があっるのではないか、と思い悩む。
先月まで田村美代子は同じ土地の浅草座のスターだった。そこは座員を搾取するひどい環境。
耐えかねた座員は二番手の女優、林龍子を担ぎ上げ、新たに劇団『清新劇団』を設立。
隼の弁によれば、林龍子はへたくそらしい。
その裏切りに腹を立てた古巣の浅草座は、大いに宣伝をかけ田村美代子を売り出し、新劇団側は閑古鳥。
楽屋を訪れた隼は、売れているのに沈んだ表情の田村美代子を見て驚く。聞けば主の永井は、性にかけては豪の者で、その誘いに美代子は参っている様子。みかねた隼は、新劇団への移籍を助言してみる。
美代子は仲の悪かった龍子の存在を気にするが、隼が背中を押す格好となり半ば強引に移籍させる。
そして移籍先で人気が出たため、今回の誘拐事件へと繋がる。
ここまでが前段。さて、久山秀子のジェットコースター的スリルノベル。どうやって読者を驚かせてやろうか、という目的のもと書かれている。
今回の目玉となるのは、田舎から出てきた純朴な男が変装した座長だった、ということ。
探偵小説的観点から見れば、手がかり的なことは何もなく、贔屓して見れば、演劇の座長だから変装もお手のものだろう、という憶測のみ。
そして最後は座長もヤクザも揃ってお縄。こういう痛快さを当時の読者は求めていたのであろうか。
シリーズが続いたことから、一定の人気はあったのだろう。
殺人事件や変態心理とは縁遠い、スリという題材で読み手を驚かせる話は、住み分けも出来て雑誌のアクセントにもなったに違いない。
毎回趣向は凝らしているが、いかんせん講談調、世相風俗描写からの風化がきつい。埋もれても仕方ないな、と思わせる。
二巻の一本目で、もう飽きが来ている(笑)。論創ミステリで出た久山秀子全四冊、そびえ立つ山のように映る。まぁ頑張って全部読みますが。
2025相棒、金平とのぶらりドライブ6
播州ラーメン『好きやめん』さんは、そこまで甘さを強調したスープではなく、程よく甘味の感じられるシンプルな醤油ラーメンで、満足に腹ごしらえを済ませ、我々は次の店に移動した。
次に目指すは『ふらり堂』さん。訪れるのは二回目だ。一度、金平といった時、とても良い品揃えに感動したことを覚えている。

https://maps.app.goo.gl/Zcxi17144Q2iPyU26

店内に入ると、リサイクルショップではあるが、ブックオフとは明らかに違う、店主の仕入れのこだわりと信念が見える棚であった。
あぁ、こだわって陳列している。そこには職人芸的な要素も感じる。なんでもかんでも引き取って安売りしない。己の価値観、美学に基づいた仕入れをしているのであろう。それは素人でもよく分かった。

CDの棚に移動しても、その想いは変わらない。素晴らしい内容である。相棒、金平は、ここで結構買っていたと思う。
私も一期一会の出会いに、つい財布の紐が緩んだ。

ブックオフでは、あまり出会えない『牧野信一』に出会ってしまった。いま、私が傾倒している私小説と、幻想小説を行き来した作家である。秀才の弟が偏愛している作家でもある。
私はサラリーマン、相棒の金平は職人漫画家。ここ十年は年に二回くらいのペースでのドライブだ。お互い違う世界に生き、このひと時を憩いに感じている。
吸収したものを相手に説明し、言語化することで己の血肉とする。
リサイクルショップ巡りは名目で、本質はいつも互いに新たな創作のきっかけや気付きが得られないか、ワクワクしながら移動しているのだ。


ハードオフ巡りも二人の間では盛り上がるイベントだ。そこにはジャンクと称した、発売当時、欲しくても高すぎて、歯軋りしながら悔しさで床をもんどり打ったマシンが、ほとんど叩き売りの状態で出ている。
このパワーマックのG5タワーも、部屋のインテリアとして最高である。当時、青色ポリタンクG3マックを使いながら『万馬券でも当たらないか』と日々妄想するくらい欲しいマシンであった。
しかし魔が刺して買って帰ることなど出来ない。こんなものを持ち帰れば、嫁さんにぶっ殺されるのは明白である。購入日のレシートの日付が、そのまま命日になるのだ。
陽も暮れて来た。一軒でも多く店巡りしたい。私は途中のブックオフを飛ばし、前から行って見たかったkohakudoさんを目指す。

https://maps.app.goo.gl/JbhDeBFan9iav3XG9
少し車では入りにくい脇道の坂道の途中に店はあった。陽も落ちた。
ここにはなんと、レアハード、PCエンジンシャトルの完動品が置いてあった。
「シャトルが! これはHuカードのみの廉価版なんですよね。意外に大きい」
「よくご存知で」
マスク越しに笑みが溢れる店主。このような会話は好きなようだ。

現金の持ち合わせはない。私はPayPayの残高を確認した。
「あのぅ、支払いに電子マネーって使えますか?」
「申し訳ないです。当店は現金のみなんです」
店主が残念そうに告げる。私の落胆した顔を見て察したのか、事情を説明してくれた。
「このマシンみたいな急な買取の時、現金が必要なんですよ」
分かる。この完動品は好きならば店で扱ってみたい逸品だ。
「もう私、仕入れとか棚の整理が好きすぎて、休みなしですよ。いつから休んでいないと思います?」
旅の醍醐味は会話である。この手の個人経営のリサイクルショップ。ほんと、いつまでも続いて欲しい。安価で手軽に買える古本屋、というのは街に絶対必要だ。若者が小遣いの範囲で名作に出会える機会を、大人は維持しなければならない。
「二週間くらいですか?」
大体の見当で答えてみる。
「四ヶ月ですよ」
店主は不敵に微笑んだ。とんでもワークホリック! でもわからんでもない。私も古本屋を経営したら、のめり込んで仕事しそうだし、隣で棚を物色している金平も、基本休みなしを苦痛と思わず、休みができても趣味の漫画を描く、という変人である(笑)。


2025年上半期の邂逅も、そろそろ終わりの時間である。歳を重ね、活動限界時間も以前より短くなっている。眠くなるのだ。
そして握手をして別れるのだが、心の中では隅の方にいつもきゃつは居る。あいつが読んだら笑うかな? そんなことを考えながら文章を書いている時もある。それが自然と第三者視点になって、役に立っているのかもしれない。
最後までお互い喋り通しの一日であった。あと何年、元気にうろつけるか。また会おうぜ、あばよ。次は泊まりで地方のグルメも食べたいな、というきゃつのご所望であった。その日まで、電子書籍を売りまくって資金を作っておかねばならない。
借金はまだ、全然返せていないのだ。〜完〜
2025相棒、金平とのぶらりドライブ5

好きやめんさんで昼食をとった我々は、車を走らせて次のリサイクルショップへと向かうのであった。
「金平、腹一杯になったか? チャーハンとギョーザ、注文しとけば良かったか?」
「食えるか(笑)。あのなぁ、ワシお前と違って少食やねんぞ」
相棒に腹一杯食べてもらって、尚且つKindleの表紙代の借金も返すつもりが、相棒はラーメンだけなので千円以下である。全然借りが返せない。
ナビに案内されたリサイクルショップ『ブックプラザ三木店』はチェーン店ではない独自店舗のようである。ここではシンディローパーのCDを買うだけに終わった。
ゲームも多いし、中古CDの在庫も多い。なかなかの穴場である。
https://maps.app.goo.gl/H6K8Pvynzpeo7hft8
私のリサイクル、中古ショップ巡りは趣味のようなもので、特に「これを買いたい」から行くのではなく、店内に入ったらドクンとテンションが上がるから、という理由であることが大きい。
相棒の金平は私ほどきっとテンションは上がっておらず、奴の行動原理は全て漫画に直結する漫間(マンゲン)なので、執筆の体力作りのための歩行と、部屋に篭りっきりの仕事なので気晴らしと、あと執筆用のBGMを確保するから付き合ってくれている、と思うのだ。まぁ、双方メリットがあるから強引な軟禁にはなっていないはずである。
リサイクルショップの何がそそるか、というと『当時買えなかった家電とかが安くてテンションが上がる』というのがある。
SVHSーCカセットのビデオカメラ、ブレンビーなどが破格値で置いてあったりすると、当時妥協して下のランクを買った屈辱の感情がぶり返し、つい手に取りそうになるのだが、それを左手がピシャリと叩く。オートライフガードシステムが作動するクセになっているのだ。そんな今ではゴミみたいな家電を買って帰ったら、嫁さんにブチ殺される目に遭うのは明白だからである。
ルパンの次元大介が被りそうな帽子もある。手に取りそうになるが「あかん、あかん。絶対に飽きて一回しか被らない」と己の物欲を制する。
「しょうもないもん買わんでええぞ、今度な、断捨離するからな、古いゲーム機、64とかWiiとか、大量に送ってやるから待っとけ」
相棒は断捨離できる境地に立てているようだ。私はまだまだである。ひよっこだ。物が増えると、まだ楽しい。
整理する体力を考えると、そろそろ終活のために、不用品をフリマサイトに出して現金化し、有効に活用したほうが良いようにも思うのだが、まだ未練には勝てない。
さて、少し配信が前後するが、下記の配信は『心のお薬』について話し合った配信回です。色々と考え方が食い違って、毎回アレ? となるのだが、不思議と不快にはならず、納得できたり腑に落ちたり新たな価値観を知ることができて、この辺が飽きずに毎回長時間ドライブをしていても楽しい所以かな、と思っていたりするのです。
ブックプラザを後にして、次は以前行って良かった「ふらり堂」さんへと車を走らせる。
〜続く〜
2025相棒、金平とのぶらりドライブ4

縁側レトロショップ『あまんじゃこ』さんで、思いの外長居してしまったので(まぁ当然な店内ではあった)ランチタイムをぶっちぎってしまった。
目指すは前から行って見たかったラーメン屋さん。『好きやめん』さんである。
私はキンドルで出している電子書籍の表紙を、相棒の漫画家、金平に毎回依頼しているので、その表紙代を帰省した時にご馳走して返そう、と毎回食事代を持っているのだが(彼は無償で描いてくれている)、私の想定する額、一枚3万円(本人は「そんなにせんわ」と言ってくれている)で換算すると、毎年描いてもらっているので、借金は膨らむ一方で、元金に食い込むことのない、無限のリボ地獄に、現在陥っているのであった。
好きやめんさんのマップ
https://maps.app.goo.gl/A4EgC5TehGD1E21V7

ここは甘口醤油の播州ラーメン系のお店である。私は迷わず甘口醤油をオーダーした。
二人が揃えば殆ど昼はラーメンを選ぶ。ここまで私は、ラーメンと言っても、コッテリ系のとんこつラーメンや、激辛ラーメン、がっつり太麺な二郎系ラーメンばかりをチョイスしてきた。なぜかスタンダードな醤油ラーメンは避けてきた傾向があった。
どうせ二人で食べるならゴージャスなものを、という想いもあった。
なので外食でシンプルな醤油ラーメン店を選ぶことは殆どなかった。それはなんと言うのだろう。子供の頃、同じ買うのなら自動販売機で炭酸入りの飲み物を買わなければ損だ、みたいな貧乏庶民意識とでも言おうか。少しでも盛った感じのするものを、という選択基準が刷り込まれてきた弊害はあったと思う。シュワシュワしていれば得、していなければ損、みたいな。若い頃は結局暑い日にはサイダーよりもポカリの方が断然美味い事に気が向かなかった。
今、私はスケートリンクをイナバウアーで一周して帰ってきた。色々浮気をしてきたが、やっぱりシンプルなラーメンは美味いのである。老舗の醤油ラーメン店が潰れないのは、エバーグリーンな旨さがあるからなのであった。
そして最近新たに開眼した『甘口』ラーメン。これはエグい。めちゃくちゃ美味い。甘さは正義なのであった。
「おい、うんちくはもうええか?」
「おお、すまんすまん。金平、チャーハンはええんか?」
「夜食も考えて、昼はこれくらいにしておくわ」
私の借金は今回も大幅な減りを見せてはくれなかった。
「ラーメン二丁、おまちどう」

二人「ンマーイ!」
コショウなど入れて味変する必要など全くない。まずスープを連続で三回も啜ってしまった。甘口の誘惑。麺にたどり着けない。スープが甘口で美味すぎる。ヤクでも入っているのだろうか。
「あぁ、たまらんな」
「美味いな、ここ」
店内は常に満席だったのも頷ける。遠ざけていてごめんよ、醤油ラーメンちゃん。
腹ごしらえは満足で終えることができた。さて、目指すは次の中古ショップである。
〜続く〜
2025相棒、金平とのぶらりドライブ3


お会計もまだ済ませていないのに、あまんじゃこ店主さんは、ウインドウショッピング中に飴のサービス、そしてホットコーヒーまで無料で振る舞ってくれた。これで何も買わずに出たとしたら、店主さん大損ではないか! 勿論こんな素敵なお店なので、買って帰る気ではいるのだが。
そして常に我々のことを気にかけてくださり、何気ない昔話で『○○が流行った頃は阪神が優勝して〜』という会話から、小走りで奥に走り、阪神優勝時の雑誌を手に取って戻ってきた。
「阪神お好きですか? これなんてどうです?」
「す、すいませんっ。阪神はそれほど興味が」
凄まじい提案型のお店である。なんだか段々と同級生の家に遊びにきているような錯覚に陥るのであった。
店内でまず手に取ったのが、永井豪『オモライくん』

これは子供の時に読んで、結構濃厚に刻まれている問題作だ。乞食が主人公なのだ。そして海野十三全集の端本。

PCエンジンのCD-ROMも外せなかった。

レジにはまず金平から並んだ。あいつは最近、洋楽のクイーンに凝っていて、紙ジャケCDを複数枚差し出した。
「あれ? 値札が付いていない」
店主さんが両面を見て確認する。金平も店主さんが価格を知っているだろう、くらいの気持ちで出したに違いない。
「すいません。ネットで相場を確認します」
店主さんがスマホで商品名を入力する。
「だいたい平均が1500円くらいですかねー」
「じゃあそれでいいですよ」
金平も欲しかったCDのようなので即答した。
「そんなわけにはいきません」
店主さんの瞳の奥に炎が宿った。
ピッ、ピッ、ピッ。レジのこちら側に見える表示画面で価格が映し出された。500円!
二人「なにやってんっすかっ!」
「いいんです、いいんです!」
「何がいいんですか」
「お二方は本を出されている方ですし(来店時自己紹介済み)、遠い姫路からわざわざ来て頂いてますし、SNSで宣伝もして下さるようですし」
「いえいえいえ、お店巡りツイートは趣味でどこでもやってるんですよ。ここを特別ってわけじゃないんです」
「当店はネットの相場よりも安く、来て良かった、と思ってもらえるお店にしたいんです」
我々は呆然としてしまった。こんな奇特な方がまだ令和にいらっしゃるとは! もっと潤ってもらわないと来年また来たいし、ずっと存続してほしい。
それともなにか、こんな店主の優しさパワーに魅了されて、リピーターが多いのであろうか。多いのだろうな。
「いくらなんでも500円は安すぎます。間を取って千円にしましょう」
「わかりました。では千円で」
こちらから間を取って、みたいな提案で値段を高くする買い物など生まれて初めての経験である。〜呉さん、面白くするために盛ってない?〜と貴方は思われるかもしれない。金平に聞いてもらってもいい。これは実話レポートなのである(笑)。
そうして次は私が商品をレジに差し出した。
「先ほどの金平さんはラインをされていないと仰ってましたが、呉さんは?」
「やってますよ」
「ではでは、ぜひこのQRコードから当店をお友達登録を」
「いいですよ」
私はスマホのカメラをかざして入力を済ませた。
「はいっ、お友達登録で一点10%引きですが、今回は全点の会計を10%引きにしておきましたから」
私は目を見開いて、ただ呆然とするだけであった。もっと儲けてください。あまんじゃこさんっ!
〜続く〜
2025相棒、金平とのぶらりドライブ2

『垂涎』そんな単語が脳裏に浮かんだ。そこには昭和があった。靴を脱ぎ、リラックスした気持ちで知り合いの家に上がるような感覚。
我々の欲しがる商品が目白押しである。レトロゲーム、コミックス、レコード、CDが店内所狭しと並ぶ。そして価格が「なんでそんなに安いねん」というくらいにリーズナボーなのである。

魅惑のあまんじゃこワールド! どの棚を眺めても、うっとりする商品の数々。熱心に棚を見ていると、背後に気配が!
「ハッ!」
「よろしかったら飴をどうぞ」
後ろに網籠を持った店主さんが立っていた。ウインドウショッピングなのに、見ている間は飴ちゃんを舐めながら店内を見て回っても良いシステムのようであった。
飴を舐めながら神経を集中させる。
「こっ、これは!」
「お目が高い(笑)」

「こ、これJCコミック版ですか?」
「そうなんですよ。持ち込みで買い取りまして。JCコミック版はあんまり見ないでしょう」
「見ないですねぇ」
「ネットでも高騰しているんですよ、これ」
値札を確認すると五千円台であった。やはりそれくらいはするだろうな。
別行動をしていた金平を見ると、レトロゲームを見終わり、縁側で景色を見て目を休めているようであった。

「どうや、ええもんあったか?」
「ありすぎや。目がクラクラする(笑)」

私のサーチアイが右下のVHSビデオテープを捉えた。
「店主さん、ビデオテープも扱ってるんですね」
「ええ、倉庫には店舗と同等の在庫があります。在庫は全て把握しています」
すごい商売魂である。私は長年探し続けている未DVD作品である『スターヴァージン』が置いてあるか確認してみた。

「店主さん、スターヴァージンのビデオって置いてますか?」
「あー、あれですか。あれは無いですねぇ」
「無いですかー」
「ビデオからDVDに移り変わる頃には、ワゴンでこの手のビデオは叩き売りされてましたけどね」
「そうなんですよー。あの頃はビデオテープに価値を見出せなかった」

金平を見ると来訪者ノートに足跡を残している最中であった。
「縁側でコーヒーでもどうぞ。サービスです」
二人「まだ会計もしていないのに、コーヒー無料で飲んでお店大丈夫なんですかっ!」
あまんじゃこさん、サービスしすぎである。
〜続く〜
2025相棒、金平とのぶらりドライブ1
2025年の3月27日。年に数回の待ち侘びた恒例行事、相棒の漫画家、金平守人との気晴らしぶらり旅の日が訪れた。
私は会社のしがらみや、社会のノルマ地獄から離れ、あいつは机にかじりついたままの〆切地獄から逃れの、お互い心も身体もリフレッシュできる得難い会合なのである。
互いの日程が合えば、私の『人生で一つでも多くの城を訪れる』という目標に無理やり付き合わせ、ご当地グルメを絡めた観光へ連れ出すのであるが、私も孫が出来、あいつも過密スケジュールに年中縛られているので、今回は日帰りショート旅である。
アイツの新刊が依然好調だ。これはなんらかの賞を取るかもしれない。
朝の九時半にアイツの家へ迎えにいく。最近買い替えた中古のプリウスに乗って。

金平のおばちゃんに挨拶。何十年と通った家だ。我々の顔もシワが増え、おばちゃんの頭もすっかり白くなった。
予定は前日にネットで少し検索していた。前から行きたかった中古ショップとラーメン屋さんだ。
久しぶりの再会を喜び、すぐさまスタート。今回のドライブの様子はツイキャスで配信しながらのドライブ。私はともかく、漫画家、金平守人ファンは彼の素の感じを窺い知れる貴重なアーカイブであると思う。そしてこれは、何より私の老後に聞き返すための貴重なメモリーなのであった。
進路を東へ。私のキンドル版、我が妻との闘争の表紙絵を描いて貰っているので、勝手に一回三万の借金を想定し、私は会う度にご馳走して返済せねば、という焦燥感に駆られているのである。
一軒目のショップは縁側ゲームショップ『あまんじゃこ』さんだ。
https://maps.app.goo.gl/AfCv1NnWs6toLuAm7
50代ともなると、ドライブ中は頻尿との戦いであるとも言える。若いころはこんな感じではなかった。尿意に行動を縛られるアンビリカルケーブル。活動限界時間はとっくに過ぎていた。あまんじゃこさんは目前であるというのに、尿意に負け、我々は近くのドラッグストアへと立ち寄った。
トイレだけ借りるのは申し訳ないので、私は適当にサプリ(ビタミンCを購入)手に取った。レジで会計を済ませると、レシートと共に店が一押しの新製品、プロテインの成分に魚成分を加えたウオテインという商品の試飲サービス券を貰えた。せっかくなので飲むことにした。
店内放送でアナウンスされる。〜薬局サービスレジ、対応お願いします〜奥から同年代の女性が小走りで近寄ってきた。小柄でキュートな白髪混じりの女性であった。めっさ私のタイプであった。白目の綺麗な広瀬すずが歳を重ねたらこんな感じになるだろうな、という印象であった。
紙コップに新製品、ウオテインが二つ、注がれる。隣に立っていた金平は何も買っていなくて付き添いなのに、タダで飲めるのだ。
「あのう、サービス券は一枚なんですけど」
私が申し訳なさそうに聞くと、私のメッサ好みの店員さんは
「ついでなのでどうぞ」
可愛い女性店員さんは、一生懸命成分や効能を説明するのだが、私には一切内容が頭に入って来ず、綺麗な白目をただひたすら熱く見つめ続けていた。
「いかがでしょうか?」
「綺麗な白目に吸い込まれそうでした。おいくらですか?」
思わず口から出てしまった。本当の感情なのだから仕方がない。可愛い女性店員さんは私のド直球なトークにあたふたしていた。髪の付け根の白髪の手入れもしていないのだ。共働き夫婦で旦那さんからも女として見られておらず日頃から褒められ慣れしていないのであろう。金平は目を見開き『お前、マジか?』という顔で紙コップを咥えたまま呆然としている。
「五千五百円になります」
私の想定では二千五百円くらいであった。そのくらいなら即決していた。
「思っていたより高いですね。良い商品なのでしょうが。ちょっと手持ちが」
「そうですよね。試飲なので結構ですよ。また良かったらお願いします」
同年代の女性店員は少し頬を赤らめ、立ち去っていった。旅先でのこういった好みの女性との会話を、私は大切にしている。相棒の金平は私の異性好きに『またか』といった呆れ顔であった。
店から出ると、目的のゲームショップ『あまんじゃこ』は目の前である。車をそのままに、我々は道路を横断した。
店名に偽りなし、本当に縁側ゲームショップであった。


店番の柴犬が吠えて店内の店主さんに客の来訪を告げる。ちょっと牙を剥いて我々を威嚇してきた。店主さんによると、普段はおとなしいのだが、天気が曇りの日は機嫌が悪いそうである。
入り口で靴を脱ぎ、畳の部屋へ上がる。本当に人の家にお邪魔した気分である。そして店内には我々を刺激しまくる魅惑の商品が目白押しであった。

海野十三や久生十蘭が置いてある。『この店は当たりだよ』という感じのお出迎えである。私は迷わず海野全集の端本を手に取った。
〜続く〜
久山秀子『隼いたちごつこの巻』を読む
さて、長らく放置していた論創ミステリ叢書『久山秀子探偵小説選1』も最後の一篇となった。久山秀子は、この後四巻まで続く。ちょっと私の求める探偵小説ではないのだが、この手の作品も探偵小説に含めた当時の空気を感じるべく、折れずに読み進めていこうと思っている。
全部が全部、犯人対探偵、という図式ばかりではなく、どんでん返し、驚かせる文学としても機能した探偵小説。『新青年』に掲載された本作、久山秀子はどうアプローチしたのであろうか。
今ではあまり使われない言葉であろう、タイトルのイタチごっこを検索すると〜双方が同じことを延々と繰り返し、埒があかないこと〜とある。
この言葉の他にも、本作では当時では当たり前だった言葉が、令和の今では意味がよくわからなくなってしまっている言葉が見られる。
私は昭和四十四年生まれで、古い小説も読み、鍛錬はしてきたつもりだが、それでも『この単語はどういう意味だろう?』と思いながら読むこともある。そんな時は前後の文脈でイメージして補完するのだが、昭和生まれの私で、こうなのだ。
平成、令和の人たちは、戦前の探偵小説を、どう読むのだろう。話の筋よりも風俗がわからなさすぎて、放り出すか、物語が面白くなる前に興味が失せてしまうか。
読む価値がない、と若い人に判断されれば、今後の探偵小説復刻も絶望的状況になると言わざるを得ない。探偵小説愛好家なら、人に紹介やオススメする場合、面白ポイントを今の時代でもわかりやすく伝えることを念頭に置いて啓蒙発動に励みたいところだ。
どこかの銀髪伯爵のように、才能はあっても、やれ誤字だ、脱字だ、編者の仕事がなってない、などと、自分の才能を認めてもらえない鬱屈した感情が、形を変えて他者に噛みつき、攻撃するだけに終始してしまっている残念な探偵小説愛好家の御仁の姿は、反面教師としなければならない。才能を殺すとは、ああいう人の事を言う。才能があっても、あんな人に仕事を頼む人など誰一人としていないだろう。商業レベルの博識ぶりだけに他人事でも誠に勿体無く思う。徳を積めば良かったのにね、としか言いようがない。私はこれまでのネット文章人生の中で、他者を批判する、ということをしてこなかった。
何故そんな私がこのような文章を書くのか、それは彼が私の親しい人を過剰に攻撃した、ということもあるが、そんなことは長々と説明はしない。私家版刊行も消費者が判断するのだ。高ければ買わない。彼がひん曲がった正義感(のつもりのようなもの)を振り翳したお陰で、探偵小説愛好家はキチガイが多い、ということが世間に知れ渡り、探偵小説の復刻がパタリと止まってしまった、という現状に怒り狂っている感情がこの文章を書かせているのだ。
問題だらけの本をぼったくり価格で有り難がって買う、と消費者まで批判し(何様のつもりなのか、つける薬がない)、それは裏を返せば、自分が監修したら、完璧な復刻が出来ますよ、という笑ってしまうようなチンケなアピールに過ぎないのだが、何度も言うようだが、アンタのような人格破綻者は、才能はあっても人徳が皆無だから、苦笑いで人が遠ざかっていくことはあっても一生評価されることなんかないっつってんの。今後もせいぜいご自慢の初出誌と見比べて、得意げな小学生のように間違い探しをブログに書くのは自由だが、シーンを停滞させるような言動だけは迷惑だから無闇考えなしに噛みつくな、やめろ。とだけ書き残しておく。価格が高い、と感じても、シーンに流通さえしていれば再評価のきっかけにも繋がるのだから。
前置きが長くなった。
本編、私が引っかかった箇所を備忘録がわりに書き残すことが、若い方への読書の手引きにも繋がると思い、注釈っぽいことをしながら読み進めていこうと思う。
・オイトコの由公 吉公は主人公の女スリ、隼の仲間だが、オイトコがいきなりわからない。従兄弟でもない。ネットで検索をかけてみると、民謡で〜おいとこそうだよ〜で始まる唄い出しの「おいとこ節」と呼ばれる踊りがあり、発祥を調べてみると、粉屋の美しく薄明だった娘を慕い、その婿になりたい、と唄い踊る民謡らしい。そうなると、隼を慕って婿になりたい由公を民謡になぞって言い回している、というまことに回りくどい表現であり、当時の当たり前の風俗を知らないと、全くピンとこないフレーズでしかない。作家は粋な言い回しを心がけているのだろうが、時間の経過、風俗の風化に意識的かどうかで、作品の寿命も変わってくるのだろう。
・越中同様褌の名につけるか これはなんとなく分かる。越中ふんどしというフレーズは、学生の頃、松田聖子の曲、野バラのエチュードを、野バラの越中ふんどし、と言ったギャグがあったくらいだ。検索すると、越中守が始めたもの、とあった。ふんどしに刻む程度の言葉(緊縮)という意味で使ったのかもしれない。
話の筋は、吉公が大男にスリを仕掛ける。バレて腕を捻られ、骨折する。近くにいた高山刑事が手帳で事情聴取をする。隼が敵討の心境で街に出る。高山啓司と会い映画館に入る。スリを起こす現場を捕まえるために、高山は隼に張り付く。観客からスッたと見せかけて、高山刑事から大男の手がかりの書かれた手帳をスる。女と歩いている大男を見つけ、隼は仕掛ける。大金がなくなった! 隼の身体検査を高山がするも見つからない。
大男が証言する大金はどこへ行ったのか? というのが謎の提示。このシリーズは、こんな具合に読者へ謎を提示してくる。お金がなくなった、隼は持っていない、じゃあどこへ? という探偵小説味である。真相は隼が早業で大男から抜き取った大金を、隣に歩いていた連れの女の後ろ帯の中に隠し、少ししてから吉公が女に当たって帯の中から大金の入ったフクサを抜き取って、無事復讐成功、といったオチである。
久山秀子の粋な講談調の言い回しでいけば、それは風俗と密接に関連せねば成立しないだろうし、持ち味もそこなのだから時間の風化をモロに食らう作品群、だと言えよう。
さて、一巻を読み終えた。この先久山秀子は三冊残っている。中には遺稿集として探偵小説風味の薄いものもある。難題だが地道に取り組んでいこう。
久山秀子『隼の公開状』を読む
さて、この一連の久山秀子探偵小説選を読んでいたのは、2018年辺りだったんですね。今が2025年。7年も放置していたとは!(笑)。
その間に私は、長女ちゃんが結婚して孫が出来ました。生活にも色々と変化がありました。
このブログのことも、百巻以上ある論創ミステリ叢書を読破して感想を書く、という大風呂敷を自分で広げておいて、結局壁の高さに挫折した状態が続いておりましたが、そんなに気負わず、ちょっとずつでも進めていこう、と思い直しました。
前半に無駄話、後半に作品感想の従来通りのスタイルでリスタートであります。
で、この久山秀子探偵小説選の一巻で、この『隼の公開状』と次の『四遊亭幽朝』当時、感想を飛ばしておりました。
見落としか? と当時飛ばした意味を考えてみたのですが、この話は弁明、四遊亭の方はショートコントといった趣の怪談でしたので、昔の私は意識的に飛ばしたようであります。
もう一緒に触れてしまいますが、四遊亭の方は、夢オチにもならない評価に困る小話で、観劇中に、周囲の皆がろくろ首になっていく、という話でして。昔の怪談というものは、こういう感じでも良かったのかな? と。根拠も説明もないんですから、厳しい言い方をすれば『そんな書き方なら、なんでもありやん』と思ったのでした。
そして本作は西田政治に対しての反論、というか言い訳のような話。西田政治は横溝正史若かりし頃、西田政治の弟、徳重と海外のミステリーを愛好する者同士の同級生だったが、徳重が夭折し、その後兄の政治と親しくなる、という胸熱エピソードがある。ビーストンの翻訳などもしており、雑紙『ぷろふいる』では時評も担当していた。どちらかと言えば、真面目、厳格な印象を受ける。
そんな西田政治に対しての自作の弁明である。弁明する作品はこの一巻にも収録されている『戯曲 隼登場』について。
隼登場というタイトルが、江戸川乱歩のお勢登場のパロディなのでは? という声に、久山秀子は題の提供は編集の水谷準からだ、と説明している。
そしてその文体も、引っかかりました。やーい。みたいな調子なので、相手はさぞかし調子を狂わされ、腹も立ったことでしょうね。
久山秀子のこの隼シリーズを通して見れば、謎、理知、論理、といったものからは縁遠く、個人的に探偵小説のカテゴリーに加えるのも、ちょっとなぁ、みたいな感想を持っています。
どんな手を使ってでも、驚かせりゃいいじゃん。そんな精神で貫かれているシリーズなのでしょう。そういう点から言えば新本格の精神に近いものなのかもしれません。個人的には新本格スピリットは、あまり好きではないのですが。
タイトルから江戸川乱歩の『お勢登場』と、横溝正史の『帰れるお類』との類似を一瞬疑われ、読んでみればフザケ過ぎていると評された久山秀子は、女スリ隼よろしく、着物をまくって尻を見せた、そんな反論文のように思えますね。
甲賀三郎『菰田村事件』を読む

2025年、今年初の落札本である、昭和十六年版、甲賀三郎著『蜘蛛』収録の『菰田村事件』を読んだ。
甲賀先生、やはりミステリ、探偵小説のタイトルは、〜殺人事件、〜事件でないといけませんね。文学ではない、ミステリ以外の何ものでもない作品の象徴。
社会派全盛の頃には、このようなタイトルをつけることを小馬鹿にした風潮もあったようですが、私はいまだに、このように大上段から振りかぶった堂々とした題の付け方が好きでございます。
さて、令和も七年が経過致しましたが、先生の完全版全集は出る気配は全くございません。選集すら編まれないようです。唯一、文庫の形で、最近春陽堂さんから出てくれたのが救いでした。頼りになるのは、もう春陽堂さんくらいなのかもしれません。
さて、出版不況を嘆いてばかりいても仕方がありません。私はここで、勝手に心の中で甲賀三郎先生の没後弟子を標榜し、地道に啓蒙活動していくばかりでございます。
今回は菰田村事件のことについてお話していこうと思います。真相に言及しますので、未読の方はこれより先はご注意を。
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舞台は菰田村という農村で、今年は豊作でした。村民は喜び、収穫の後には、ここを開墾した地主、秋山喜造の娘、琴子の結婚が控えている。琴子の母は早くに亡くなり、喜造は男手一つで愛情を注ぎ、琴子を育てた。自分が成り上がり者なので、娘には良家との縁談を望み、もうすぐ子爵家との婚姻が控えていた。
甲賀三郎の技の一つ、読者に語りかけのレポーター形式
ここで甲賀先生は、小説であるというのに、読者に語りかけ、まるでカメラが宙に浮いて移動し、要点だけを撮影する、という書き方をしておられますね。無駄を省き、テンポを重視した結果なのでしょう。〜それでは二人の農夫の会話を聞いてみることにしよう〜
これはどういった形式なのでしょうか。講談調に分類されるものでしょうか。先生、この辺りが、きっと探偵小説を低俗なものに終わらせず、文学の高みまで持っていこうとした一派に蔑んで見られてしまう所以、ウィークポイントになってしまっているのではないか、という危惧を覚えます。
そうして村人の会話から、人物関係が浮き上がりますね。ここを開墾した地主、秋山喜三、その娘、琴子、他所からの流れ者だが、喜造が手厚く優遇している堀口親子。その息子は琴子と相思相愛のように世間からは見えている。
ここで村民は、何故秋山喜造が、流れ者の堀口親子に考えられない施しを与えるのか。謎の一つを設定しましたね。
そうして主要な登場人物の二人、琴子と堀口の息子、文一郎が野外、二人で会話している場面に移ります。
そこで琴子は子爵との結婚を望んでいないこと。父親の気持ちを考えれば、父親の考えに反対するのが忍びない、ということ、文一郎のことが好きである、ということが分かります。
そこへ堀口の使用人が飛んできて、堀口の父が山中で亡くなっている、という報を受けます。悲劇の始まりです。
首を吊って死んでいた堀口の父は自殺か他殺か
警察の現場検証により、木から首を吊った状態ではあったが、喉元に手で絞められた跡があること、付近に草の踏まれた格闘の痕跡があることにより、殺人事件であると断定された。
現場には被害者のものらしい金側時計、がま口、袖ボタン、鉛筆、眼鏡のサックが遺留品として発見されました。
付近の聞き込みも情報として提示されます。夜中に森の奥へ誰かが入ってく気配を感じた。という証言も得られます。
このような少ない登場人物で意外な犯人は設定できるのか
先生、私は途中まで読んで途方に暮れました。両方とも父親思いの娘と息子、この中からどうやってミステリとしての着地、意外性を演出するのか。もしや警察が犯人では、みたいなことも考えました。
堀口の父は、昔、刑務所の看守をしていたのですね。そして流れ着いた先で秋山と出会った。秋山は前科者で、その過去を知っている人物が村に流れてきたので、優遇した。
堀口の父は、決して秋山を強請ったわけではなかったのだが、自分の優秀な息子と、琴子を結婚させてやりたい、という想いを持っていた。
その話し合いが森の奥で行われ、付近には後をつけてきた文一郎もいたのですね。そして口論の末、秋山と堀口が取っ組み合いになり、結果、堀口はあっけなく死んでしまった。
これは人間の感情トリックである
で、先生の設定した謎はどうですか。まさかの、息子、文一郎が、秋山が去ったあと、父親を背負って木に吊って、首吊り自殺を偽装したのが真実だ、と。子供の頃から秋山に施しを与えて貰った恩に報いての結果であると。
いやいやいや
それは先生、強引すぎやしませんか。私には気の強い妻がおります。腹の立つことも多いですが、子供三人を授かった人生でございました。その妻の父から仮に若い頃から生活費を支給され、恩があったとしてもですよ、自分の父、今でも月に一度は温泉に誘い出す、愛すべき父をですよ、恩があるからといって、死体を木にぶら下げますでしょうか。可哀想すぎて絶対に無理です。泣いてしまいます。そんなことは出来ません。
そうすることによって意外な犯人は設定できるでしょう。でも先生、その強引さが復刻を遅らせている要因になっているのではありませんか? 文学派から鼻で笑われてしまうような。人間が全く描けておらず話にならない、とか。後年の松本清張、中島河太郎辺りからも、甲賀三郎は、常識の感覚もコンプライアンスもボロボロだから、復刻する価値はありませんね、見送りましょう、と言われてしまっていたり、とか。
サイコパスと言える文一郎の行動を、読後、ため息と共に反芻しておりました。
ん? 待てよ
もし先生が達観していたとしたら。犯罪者の内面にまで肉薄していたのだとしたら。この分一郎は、目的のために道徳や倫理を飛び越えた動きをします。この辺りを推理作家から一段低く見られた所以だと勝手に評価を決めつけてしまいましたが、もし甲賀先生が犯罪者の内面に深く潜り、畢竟、犯罪とは究極の利己的な行動である、という真理を見出せたのだとしたら。
令和の今、スマホから闇バイトで指示を受ければ、金のために若者は、バールで90歳の老人を躊躇いもなく叩き殺しています。己の利益だけのために。そこには文学派、社会派の思う道徳、倫理、人間観は見出せません。
聡明な先生は昭和を飛び越え、いずれ人間は、そのような形になりうる、という予見であった、ということだったのでしょうか。
早計でした。やはり先生の作品は埋もれさせるわけにはいきません。なんとか先生の作品を世に広めるべく、これからも活動して参ります。




