呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

近況報告

 呉エイジ業も完全に停滞ですわ。人間、生きていると突然の不運に見舞われることがあります。

 

 今、私は、そうですね、特定されないようにぼやかして書きますと、不当な圧力から、まぁヤ○ザみたいなものと考えてもらってよろしい。不本意なお金が、毟り取られている、と、そんな状況です。

 

 これまでの私は、印税から好きな本を買い、好きなタイミングでKindle本を出し、皆様に評価して頂き、ツイッターで平穏な心持ちで気ままに呟いたりしておりました。

 

 それが一変です。

 

 仕事を終えてから、内職にいそしんでおります。ボーナス三回分くらいの金が奪われるのですから。何も無い日常、ってものが人生何よりの幸せですよねぇ。

 

 これまで幸運すぎるくらいに来た人生の試練、しっぺ返しでしょうか?

 

 なので、セルパブシーンを盛り上げようと、新ブログを立ち上げたり、感想ブログを書いたりしましたが、新作の執筆なども中断して、全部が中途半端に終わっています。自我を保つのが精一杯です。

 

 幸い、毎日売れたりアンリミで読まれているのが心の救済となっております。

 

鬼嫁探偵 (呉工房)

鬼嫁探偵 (呉工房)

 

 

 しかし、私は半沢直樹並に優秀ですね。効率が良いので、二年、いや、一年くらいで従来のスタイルに復帰できそうです。この苦難は本にして回収してやるのだ。

 

 なので、今もせっせと、電子部品のネジをしめ、たまったら親方のところへ持って行ってお金にするのです。出来の悪いパーツは怒鳴られてお金をくれないのです(イメージしやすいように内職シーンを誇張)。

 

 小遣いは減りました。好きな本も買えません。でも前に進みます。必死に生きすぎて少しキャラが変わってしまいましたが、ツイッター等で今後とも仲良くしていただきたく存じます。

ポメラをポチる

 あうぅ、散々悩んだ末、遂にポメラをポチってしまったぁぁ。

 

キングジム デジタルメモ ポメラ ブラック
 

 

 ネットサーフィンも出来ない、SNSの通知も来ない。純粋なテキスト入力マシン『ポメラ

 コイツを導入することで、傑作を書き上げることが出来るはず。と、またしても形から入るモノ信仰である。

 iPhone11proMAXがあるではないか、と。あれとブルートゥースキーボードを揃えたではないか、と。

 もうほとんど脅迫、追い込み作戦である。でもまぁこの50代はセルパブに生きる、と決めたのだ。その為のツールだ。印税で執筆環境を整える。健全な自己投資ではないか。

 聞くところによると『屍人荘の殺人』の今村昌弘先生も、確かポメラDM200ユーザーであることをツイッターで見た気がする。

 

屍人荘の殺人 (創元推理文庫)

屍人荘の殺人 (創元推理文庫)

  • 作者:今村 昌弘
  • 発売日: 2019/09/11
  • メディア: 文庫
 

 

魔眼の匣の殺人

魔眼の匣の殺人

  • 作者:今村 昌弘
  • 発売日: 2019/02/20
  • メディア: 単行本
 

 

 プロも愛用する執筆ツールなのだ。ならば導入しよう、と。思い切りましたよ。『鬼嫁探偵』の次に書く予定の長編はポメラで制作するつもりです。

 

鬼嫁探偵 (呉工房)

鬼嫁探偵 (呉工房)

 

 

 次の長編も、来年の『セルパブ夏の100冊』に掲載してもらうために頑張ります。今年の『夏100』は7月に配布予定らしいので、そこからの化学変化が楽しみです。

 全くの新規のお客さん『鬼嫁探偵』読んでくれるかなぁ。もう街頭で一枚一枚手売りしながら歌う演歌歌手の精神で活動していきますよ。

 来年も表紙は波野發作さん、解説はじねんさんに再びお願いしたいなぁ。

 質、量ともに凌駕する作品となるでしょう。坂口安吾の『不連続殺人事件』あれを評した言葉に『ストリック』という言葉があります。ストーリーがトリックと融合している。

 この語句にやられました。この語句一点突破で自分なりの『不連続殺人事件』オマージュ作品、不謹慎な少年探偵モノを作ろうと思っています。

 ポメラを持ってスタバでドヤってくるつもりです!

 使用レビューはいずれまたここで。

大下宇陀児『情婦マリ』を読む

 本日はイチオシの個人レーベル、湖南探偵倶楽部さん発行の、大下宇陀児『情婦マリ』を読んだ。

 

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 私が若い頃は、世間では『新人類』などという言葉が流行り、世代間の相違がニュースで取り上げられたりもしたが、この作品のような戦中派と戦後の若者の思考の違いは、比べものにならないほど差があったことだろう。

 今回も有難く読んだ。コピー誌での復刊であるが、大下宇陀児の埋もれた作品群は、姫路という地方住まいでは簡単に読むことができない。

 甲賀三郎もそうだが、この大下宇陀児(おおしたうだる)も全作復刊せねばならない作家である。

日本の探偵小説黎明期を支えた江戸川乱歩甲賀三郎大下宇陀児の三人。正統派の乱歩、本格を標榜したゲーム小説の極北、甲賀三郎。後の社会派に繋がる人間観察、大下宇陀児

 現代では乱歩のみがリバイバルされ、どう見ても片手落ちだ。

『じゃあ復刻して現代の読者が何人付く? 誰が読むというのだ』

 という営業サイドの声も挙がるかも知れない。採算がとれないから、どこの出版社も復刻しないのだ。

 なので、微力ではあるが、甲賀三郎大下宇陀児の良さを広めていきたい。そう思っている。生きているうちに二人の完全全集が出る望みは、もうなさそうな気がする。

 さて、本作は戦後の若者の無軌道な生き方を軸にした犯罪譚である。謎解き小説ではなく意外性を狙った犯罪小説の括りになるだろう。

 こういうウェットな内容は甲賀三郎は絶対に書かない。だから三者三様、戦前の探偵作家は面白いのだが。

 日々、無軌道に遊んで暮らす若い男女。賭け事でスッた不良の男は、以前クビにされた薬局へ強盗しよう、と情婦のマリに持ちかける。

 マリは薬局の前で強盗に襲われた風を装い、長く独り身だった薬局の主人に、全裸で寄り添い助けを求める。

 親切心から家の中に匿う主人だったが、永らく女体に触れていなかった為、目がさえて眠れない。怖い、と部屋に入ってきたマリに、主人は一線を越えてしまう。

 家の中に潜り込んで、金のありかを探り、鍵を開け不良男に強盗の手引きをするための計画であったが、親切な主人は好きな物を買い与え、後妻に迎えても良い気持ちになってくる。

 そうなると当初の計画から気持ちは段々と主人に移っていくマリ。

 舞台が劇薬を扱う『薬局』が伏線になっているのだが。

 物語は学の無い奔放なマリの独白で終わるのだが、これもちょっと盛った感じの『そこまで愚かだろうか』と思わせるものだが、自暴自棄になって面倒くさくなって全てを投げ出す若い学のない女を描く、という点では成功しているといえるだろう。

 前回取り上げた甲賀三郎『女を捜せ』の白痴の木こりに対する目線のように、各作家の偏見の目を考えてみるのも面白い。そう考えれば乱歩には現代の目で見てもそれほど偏った偏見を感じることがなく、やはり理知的でバランスの取れた物の考え方をしていた人なんだなぁ、と書き終える間際に唸らされてみたり、と。

甲賀三郎『女を捜せ』を読む

 本日は甲賀三郎『女を捜せ』を読んだ。それはもう味わって読み尽くした。

 

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 じっくりと読んだので、思ったことを書き残しておこう。

第一章 釣り上げた髑髏 ときた。掴みはバッチリではないか。物語は男性二人が池の近くで雑草の間に身を隠しているシーンから始まる。

 嫌々ながらも好奇心に逆らえない尾竹、犯罪狩猟が趣味の橋口の二人。雑草の隙間から怪しい青年の行動を盗み見ている。必死になって池を釣り竿で掻き回しているのだ。

 この『盗み見る』という行為、懐かしの探偵趣味が読みながら沸き上がってくる。こういう興味で読者の気を惹いたのだ。

 橋口は探る気満々でのぞき見をしている。対して尾竹はそういう橋口を軽蔑しつつも嫌々ながら付き合っている。読者の気持ちを代弁し『不謹慎な』と思わせて優位に立たせて引っ張っていく手法である。

『尾竹君、郊外へ散歩でも行かないかい。付き合って呉れ給え』

 このように連れ出されたのだ。どうだ、この牧歌的な風景。こういう感じで物語は始められるのだ。

 橋口は『世の中に犯罪は充満している』対して尾竹は『そんな郊外に犯罪なんて起きるわけが無い』そんな言い合いをしながら、この池のほとりの雑草に身を隠しているのだ。そうして現れた青年の謎の池さらい。

 そうしているうちに青年は池の底から髑髏を釣り上げた。そこで草陰から『あっ』と声を出してしまった尾竹。気付いて逃げ出す青年。怒る橋口。

 ここで『ちょっと待て』のボタンを押さざるを得ない。

 令和の今、偶然に誘われて、嫌々ながら林に中に分け入り、盗み見したそのタイミングで、そこでは怪しい青年が池さらいをし、見ているその場で髑髏を釣り上げる。

 何億分の1の可能性であろうか。ここら辺の筋運びが、現代の目では『超ご都合主義』と言われても仕方の無い所以である。しかし私は愛する。三郎の豪快な筆捌きを愛する。

『この二人がこの時間にこの池に行ったから、この物語は始まったのだ』と剛胆に言い切る三郎の作話を愛する。これも日本探偵小説黎明期の一つの形ではないか。ここから進化、改良、反省が繰り返されたのだ。

 無茶を無効にする『味』がなによりあるではないか。膨大な作品群を埋もれさせる理由にはならない。

 そうして二人は逃げた青年の先で老人に出会う。そこで一悶着あり口論になる。どうも風貌から先ほどの青年の父親らしい。これも、このタイミングで夕方にこの場所で散歩をしていたのだ。まるでRPGNPC(ノンプレイヤーキャラクター)のようではないか。

 そうして章が変わる。タイトルに『白痴』とあるから、こういうところも現代では色々と復刻が難しいのだろう。この時代の人々は、平気で当たり前のように低脳とか白痴とか言う。

 私が子供の時に学校で『あばばば』と言いながら『インディアン嘘つかない』と遊んでいたのも、悪気があったわけではない。そういうもの、だったのだ。今ではネイティブアメリカンと言わないと、色々とまずいようだ。それと同じ理屈だろう。コンプライアンスの水準は時代で変わるものだ。

 物語はそこから町の茶店に入り、甲賀一流の聞き込みシーンを見せてくれる。店の女将に適当な相槌を打って、町の様子を詳しいような風を装いながら、先ほどの親子の話や、ここらへんの情勢を引き出す。ちょっと強引な展開だが、読者は『おぉー』と感心する場面であろう。

 そこで橋口はタイトルに連なる台詞をここで口にする。犯罪を探すのが趣味の橋口は、犯罪の影に女あり、の逆を行き、まず『女から捜す』というのだ。これもちょっと強引な論だが、橋口は得意げに演説をかます

 そうして情報を聞き出し、また先ほどの池に戻ると、今度は別の男が池の周りをうろついている。

 ここでも『ちょっと待て』のボタンを押さざるを得ない。

 これも何兆分の1の確立であろうか。天文学的数字の可能性である。茶店から出て池に戻ったら、別の怪しい男が池を見ているのだ。

 現代の書き手の人が見たら鼻で笑ってしまう展開なのではないか? しかし私は甲賀三郎の探偵小説を愛する。あくまで擁護派だ。

 これは物語では無い。甲賀の頭の中にある探偵劇を見せられている、とは捉えられないだろうか。新喜劇のように池の書き割りの前で演者が代わる代わるでてくるのだ。絶妙なタイミングで。そこには時間も空間もない。甲賀流探偵劇を座席で観覧しているのだ。そういう楽しみ方、純粋に『筋』を見てくれ、と。その他のリアリティなどどうでもいい。人間が書けていない? それがどうした。この力強さ。一種の相当偏った作話を我々は味わうのだ。

 その白痴の木こりは池に斧を落とした。というのだ。パズルのパーツのように二人の目の前でばらまかれていく。

 そうして謎の女にハニートラップを仕掛けられたり、といろいろとあって、物語は謎の池の水をポンプで全部抜く。というシーンになる。ここでお気付きの方もいるだろう。人気番組で『池の水全部抜く』というのがあるではないか。

 昭和の初めの作家である。着眼点が素晴らしい。興味は切れ目無く持続する。一種の探偵趣味ではないか。

『変格の作家達が描く変態趣味ばかりが探偵趣味ではない。町の池の水を全部抜いてみる。曰わく付きの謎の池の水を抜けば何が出てくるのか、そういうものでも知的好奇心を刺激できるのだ』

 という甲賀三郎の高らかな宣言を聞いているようではないか。

 池からは二体の骸骨が出てきた。

 ここからは何本もの人々の物語が交錯し、最後一本に力業で纏める甲賀流の探偵小説が味わえる。

 正統派の乱歩、このように頭の中の探偵劇を寸劇のように魅せる三郎、パズルよりも人間のウェットな部分を描いてみせた宇陀児。芳醇な戦前の探偵小説群。埋もれさせるには余りにも惜しい宝である。

『新青年』趣味 甲賀三郎特集

新青年』研究会が発行している『新青年』趣味。待ちに待った甲賀三郎が遂に特集された。

 

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 先に出た大下宇陀児特集も未だに読み返す愛蔵本であるが、この本も長く楽しめそうな一冊になりそうである。

 皆さんも、ぜひ売り切れる前にお買い求め頂きたい。

 

 

 さて、この甲賀三郎、戦前はたいへんな人気作家だった。膨大な数の作品を残したのだが、終戦辺りで亡くなってしまう。

 そうして今はどうだ。同時代に活躍した江戸川乱歩横溝正史に比べ(※戦前は横溝を凌ぐ仕事量だったはずだ)現代では完全に埋もれてしまっている。乱歩、正史が何度も蘇るのとは逆に。

 古くさい、描写された時代、風俗が風化して読むに堪えない、国策小説など今では読む価値も無い。

 果たしてそうだろうか?  昭和初期のロマン、歴史的価値も現代の読者に対して充分にアピールできる作品群。

 戦後、全集はおろか、ろくに纏まった選集すら出ていない状況は疑問に感じる。陰謀論を考えたくもなる。乱歩史観にそぐわないからか?

『血液型殺人事件』『体温計殺人事件』『緑色の犯罪』『乳のない女』『虞美人の涙』『妖光殺人事件』

 どうです? この堂々とした稚気溢れるタイトル。なぜ業績が纏められないのか意味が分からない。

 この特集号が偉大な作家の復活の契機になることを願うばかりである。

小酒井不木『酩酊紳士』を読む

 本日は再びイチオシの個人レーベル、湖南探偵倶楽部さん発行の知られざる短編シリーズその4。小酒井不木の『酩酊紳士』を読んだ。

 

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 平林初之輔が不健全派で分類した小酒井不木であるが、私は個人的に不木は変格に感じたことはない。ド本格か? となればそれも違うのだが、本作などはまっとうに謎文学を構築していると思う。

 今回も内容に踏み込むので未読の方はご注意を。

 まず舞台が名古屋だ。私は幼少の頃、名古屋の吹上に住んでいた。舞台となる鶴舞公園にもよく遊びに行った。昭和50年の話だ。なので、色々と懐かしい思いを胸に読み進めた。

 まず事の発端は交番勤務の警官の夜の巡回から始まる。そこでベンチで酔っ払いを介抱している男のやりとりを目にする。

 心配事や身体の不調で、心配に思いながらもやりすごす警官。スルーしておいて罪悪感に襲われている描写などは作者の生真面目さが感じられる。

 介抱されていた男は警官も顔見知りの近所の男で、巡回を終え、交番で一息ついたところで、その本田の弟が血相を変えて飛び込んでくる。兄が家の前で殺された、というのだ。

 ショッキングなシーンで掴みもバッチリ。

 告白すると本作、真剣に考えてみたが、私は真相に到達出来なかった。手がかりを全て出して、という本格仕立てではないのだが、私にとって意外な結末、真相であった。

 刑事が尾行して料亭で怪しい女との会談を盗み聞きして真相に到達するのだが、それが鶴舞公園で聞いた、介抱した時の声色の物真似だったのだ。それを聞いた女が

「よしてよ、気持ち悪い」

 と不吉がって厭がるところで刑事はピンときた。これは夜霧の中で、という舞台設定も伏線となり、ここでページをめくる手を止めれば、アリバイトリックの真相を考える猶予もあったかもしれない。

 読後感じるのは作者の聡明さ。頭ずば抜けて良かったんだろうなぁ。胸を悪くし、短い生涯で17巻にもなる全集を出せるほどの仕事量。その他にも同人で乱歩も参加した合作も行っている。

 脳のクロック周波数が常人とは懸け離れていたんだろうなぁ。

 不健全派、変格の括りだけでは決して括れない、探偵小説の大衆化を意識した作家であった。論創ミステリ叢書で纏められている少年探偵物は傑作なので、こちらもオススメしておこう。

 

妹尾アキ夫『人肉の腸詰』を読む

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 読んだテキストはイチオシの個人レーベル、湖南探偵倶楽部さんより。短編一本を製本した愛すべき一冊である。

 しかし、テキストだけを考えれば、所有している論創ミステリ叢書でも読めたのであった。それでもこちらは初出の挿絵付きである。これがまた良い味を出している。編者への今後の活動支援とお布施のつもりで注文した。

 さて、例によって完全にネタバレするので、未読の方、これから読もうと思っている方はご注意を。

 企画物の連載か、副題に『楠田匡介の悪党振り(第三話)』とあった。

 まずタイトルが良い。堂々と『人肉の腸詰』(じんにくのソーセージ)である。えっ? と二度見する感じになるし、語感もインパクトがあり掴みはバッチリだ。変格探偵小説はこうでなくてはならない。

 楠田匡介は夜の盛り場で新聞に目を通し、儲け話を探していた。疎遠になっている妻は遺産を相続し金持ちになっているというが、変なプライドが邪魔をして連絡をしていない。風来坊を気取った生活を続けている。

 そこで一つの奇妙な広告に気付く。暗号めいた広告を心得のある楠田匡介はスラスラと読む。どうも待ち合わせのようだ。胸に花を挿して、という一節から、互いに面識の無い会合だと推理する。ここで、少し早めに待ち合わせ場所へ行き、理由を付けて店から連れ出し、そのまま成りすまして儲け話にありつこう、と楠田匡介は考える。

 この日常にありそうな広告から展開する探偵趣味が実に良い。読む方も『大丈夫かよ』と一緒になってドキドキしてくる。

 果たして広告主は現れた。探りを入れながらの会話も実にスリリング。向こうの出したワードに乗っかりながら、不自然さを悟られないように、それっぽく当人を装って成りすます。こういう会話劇の持って行き方も実に探偵趣味横溢。

 そうして依頼の内容を聞き出す。ある家に隠されている額の裏にある手紙を持ち出してくれたら礼を弾む。というもの。三千円で、と切り出され、当時の価値がどれくらいのものか分からないが、ここで楠田匡介

『は? 命を張った仕事が三千円ですと?』

 と、大胆にも釣り上げにかかる。読む方はハラハラしながらも得られる痛快さ。

 前金で千円もらい、成功したら四千円出すという。このまま夜の街に消えれば依頼主にも分からないまま物語は終わってしまうが、そうはならない(笑)

 そうして書かれた地図の洋館に忍び込むと、果たして手紙はあった。しかしいきなり閉まる窓。仕掛けのある家だったのだ。武器を持たずに侵入したことを後悔する楠田匡介

 ここらへんも無理が無いよう、依頼主から大きな犯罪に繋がらないように、と武器を持たず仕事にかかれ、と言われている所が破綻無く、ツッコム隙を与えないでしっかりしているところ。物語の骨格が頑丈なのだ。さすが妹尾アキ夫。

 そこで出てくる妖しいコック。部屋の中は樽だらけ、床には血が流れている。

 どうやらここは、人肉を加工して海外に高値で売りさばいている秘密工場なのだった。たまに馬鹿が新聞広告でひっかかり、材料になってくれる。と、喜ぶコック。丸腰で絶望的な主人公。

「女の肉はハムにでもベーコンにでもなるね。脳みそは卵と一緒にフライパンに油引いて一緒に焼くと美味いよ」

 平然と言い始める。ここらへんの探偵趣味もたまらない。マジかよ、となる。

 死ぬ前の最後の水を頼んで、その隙にコックをひっくり返して逃走に成功する楠田匡介。ここで物語は終焉を迎えるのだが、冒頭のフリがしっかり活きてくる。

 短い枚数で無駄の無い構成。ここで現実に引き戻される感じが、良い悪い関係なく、作り物である探偵小説の宿命なのだろう。

最新作『鬼嫁探偵』完成

 新作長編『鬼嫁探偵』が完成した。このブログに掲載するだけあり『探偵小説』のつもりで書いた作品だ。

 

鬼嫁探偵 (呉工房)

鬼嫁探偵 (呉工房)

 

 

 制作期間は4ヶ月ほど。七万字強の作品となった。プロモートを兼ねて、色々と完成までの思い出話でも書き残しておこうかと思う。

 まずこの小説は、江戸川乱歩の有名な随筆『一人の芭蕉の問題』を受けて書いた小説だ。その内容はと言うと、ミステリを文学色寄りにしたらそれはミステリではなくなるし、かといってトリック偏重なものになれば、それは遊戯文学となり芸術から遠ざかる。芸術のミステリというものは至難の業であろうが、俳句の世界で天才、芭蕉が出現し、芸術まで高めたように、ミステリにも一人の芭蕉が現れ、二つの要素を融合し芸術的なミステリがいつの日か書かれんことを。という趣旨の随筆であった。

 若い頃にこの随筆を読んで『芸術的なミステリ』とは一体どういうものなのだろう。と考えたことがある。

 その時は、難しい漢字、難解な比喩などを駆使したミステリ小説がそれに該当するのではないか、と考えたことがあった。

 しかし、長く考えるうち、どうもそれは違うように感じてきた。純文学畑の坂口安吾『不連続殺人事件』あれこそが芸術的ミステリの回答なのでは? と思った時もあった。作品自体も傑作である。

 

不連続殺人事件 (新潮文庫)

不連続殺人事件 (新潮文庫)

 

 

 しかし安吾自身が随筆で『ミステリはゲームに徹するものだ』と遊戯小説として名言しており、芸術的アプローチを盛り込んでいるわけではなかった。

 そんな学生時代に読んだ随筆の回答を、今回形にしてみたのが本作である。

 まずミステリ好きは現実の探偵を嫌うと思う。華麗な名推理と現実の浮気調査は雲泥の差だ。

 ミステリは主に殺人を扱う。だがそればかりではない。日常の謎を扱った作品もあれば『殺人』を『うんこ』に置き換えた『うんこ殺人』の系譜も存在する。

『殺人』という重大ごとを『部屋にされたうんこ』の犯人捜し&謎解き、という面白さに置き換えたものだ。

 ここで私はハタと気が付いた。ミステリの主題がうんこに置き換わるのであれば、それを性行為に置き換えることも可能なのではないか?

 殺った、殺っていない、の謎解きを、ヤッた、ヤッていない、に置き換えるのだ。恋愛感情は人間の根源的な感情であろう。それをミステリのアプローチで組み立てれば、長く頭の片隅にあった『一人の芭蕉の問題』に、もしかしたら近付けるのではないか?

 私は身震いし、興奮した。

 そうして最初に殺人が起きて犯人が分かっているのに、後から刑事コロンボが来て、犯人のミスを指摘する形式、倒叙形式。これに当てはめることができるのではないか?

 と瞬時に思い立った。物書きをしている人が、この骨格に気付いたら

『俺の方がもっと面白いものを組み立てられる』

 と、すぐさま思えるような、面白さの保証のある形式だ。

 そこへ男(犯人)の駄目さ加減、色欲に負ける性と、それを理詰めで追求する妻(コロンボ)の構図は、人間的感情も描けて一つの回答になるのではないか?

 私はこの形式を『ちょっとした発明』のように感じた。

 ならば『大乱歩』に捧げよう。そうして一心不乱に書き上げたのが本作である。

 男性、それに主婦層にも訴求力のある物語に仕上がったと思っているが、大乱歩の前に立ち

『これが芭蕉の問題の正解なのか?』

 と問われたら、冷や汗を流しながら『申し訳ありません』としか言えそうにない。

 正解ではないかもしれないが、エンタメ小説の体裁はなんとか保っているとは思える。

 最新作、楽しんで貰えたら幸いである。

 

 

鬼嫁探偵 (呉工房)

鬼嫁探偵 (呉工房)

 

 

香住春吾『地獄横丁』を読む

 本日は盛林堂ミステリアス文庫の『地獄横丁』香住春吾を読み終えた。分量的には中編になるだろうか。それでも読み終えるのに二日かかるのだ。速読の人が羨ましい。

 

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 通俗スリラー作品で、新聞連載作品だったということもあり、展開もスピーディーでサービス満点である。

 特ダネを追っていた新聞記者の波川は、場所も定かではない阿片巣窟『地獄横丁』の噂を聞きつけ、単身乗り出すもビルの屋上で無残にも射殺体で同僚の元新聞記者、主人公である原鉄兵に発見される。

 裁きを警察に任せず、同じ場所で同じ目に合わせる事を誓う鉄兵。

 そこからはじまる物語はアクションあり、お色気ありで、読みやすい文章と相まって一気に読ませてくれる。

 自慢するわけでもないのだが、長年探偵小説を読んでいると、すれっからしになり、ある部分まで読み進めると、作者の埋め込んだ『仕掛け』に注意がいき、真犯人の目星がついてしまう。楽しもうと思えば、子供のような無心さで読むのが良い。

 犯人は内ももに入れ墨のある謎の黒メガネの女。追いかける過程で、時折現れては乱闘になる地元のヤクザ。何度か付け狙われるのだが『燃えよ剣』に通ずるものがある。

 そうして私がこの作品で一番印象に残ったのが、主人公の見る淫夢のシーンである。登場人物である三人の女性が、裸で鉄兵のベットの前に現れる夢。

 見た後で鉄兵は死んだ友人の恋人である女性に対して、そんな想いを持った事を恥じる。

 こういう人間の駄目な部分を、赤裸々に書くところが好きだ。作家として信頼できる部分である。

 ストーリーはバットエンディングの部類に入るのではなかろうか? ピンチの時に都合良く前を通りかかる車に乗り込んで逃走したり、とリアリティを求めたら目くじらも立とうものだが、終盤、盛り上げて未練も無くスパッと終わるのも通俗小説の醍醐味だろう。

 まだ在庫があるようなので、レアな小説好きな方はお急ぎを。

甲賀三郎 古本を愛でる

 今年に入って、結構奮発した。二冊も甲賀三郎の古本を買ってしまったのだ。

『羅馬の酒器』と『音と幻想』の二冊。部屋の中で撫で回している。

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 甲賀三郎の古本は高いので、頻繁に買うことなどできない。小遣いとは別の、印税のお陰ですな。有難い話です。

 

 

 何度も呟いているが、江戸川乱歩の好敵手、と当時は言われていた甲賀三郎も、終戦直後に亡くなってしまい、現代では戦前の人気作家の面影もない。大半の人は『誰それ?』という感じだろう。

 生きている間に完全版全集が出て欲しいものだ。それは日本探偵小説界の良心だと思う。

 メモ代わりに、収録作品を書いておこう。

『羅馬の酒器』

・羅馬の酒器

・赤い壜

・殺人と白猫

富江と三人の男

・森の悲劇

・泥棒と狂人

・開いていた窓

・二度目の冤罪

・果樹園物語

 

『音と幻想』

・音と幻想

・一本のマッチ

・犯罪の手口

・法を超えるもの

・謎の女

・吹雪の夜

・マネキン綺譚

・頭の問題

・海獅子丸の真珠

・海の掟

・伯父の遺産

・夕日輝く頃

・日本人の死

 どうです? どれもそそるタイトルでしょ? いつか甲賀三郎に、大々的なスポットライトの浴びる日が来ることを願って。