呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

伊藤人誉ミステリ作品集『ガールフレンド』を読む その1

 

 盛林堂さんから、また珍しい未読作家の短編集が出た。純文学寄りの作家から、ミステリ寄りのアプローチで組まれた作品集、ということ。これは読まねばならない。

 こちらで買えますので、あるうちに入手しておいた方が良いでしょう。

 解説はいつも私のハートを鷲掴みにしてくれる復刻神、日下三蔵さんで作者の後書き、解説には本書『推理小説のプロットを持った普通の小説』を意図して書かれたようだ。純文学寄りの作家がミステリを書く場合、私はどうしても木々高太郎の探偵小説芸術論を思い浮かべ、ミステリを芸術まで高めることができるのだろうか、ということを絶えず気にしながら読んでいる。

 本書はそこまで徹底して取り組んだわけではないのだろうが、サスペンスと意外性を狙った純文学畑の作家の手によるものがどのようなものか、それだけでも興味津々である。

 本作品集には五本収録されている。『たてがみのある女』『女は夜来る』『面をかぶった女』『女をゆすれ』『鍵と女』の五本。題名に【女】という字が全てに入っているので、そこから『ガールフレンド』というタイトルになったのであろう。洒落ている。

 早速一本目『たてがみのある女』を読んでみた。ここからはガッツリ内容に踏み込むので、御自身で購入し読了後、またこちらへお越しください。

 

 

 まず読後の印象。文章、テンポ、言い回しが上手いなぁ、ということ。エンタメ前提で書かれているので、スラスラと読める。タイトルの〜何それ? どういうこと?〜感も良い。

 主人公が酔っ払って歩いていると、カバンを引ったくられ、橋の上で突き落とされて気を失い、もう少しで溺死するところを通行人に助けられ、病院のベッドで目を覚ます、という幕開け。カバンの中には競輪で儲けた金が入っていた。

 受け持ってくれたのは女医で、男のような感じのするズボンを履いた女を感じさせないような毛深い30代の女性であった。

 物語は災難にあった主人公の男と、女らしくない毛深い女医、そして主人公の彼女、あとは下宿のお婆さんと女医の勤務する病院の看護婦ミナエらが魅力的に物語を進める。

 看護婦のミナエに尋ねると、自分を救ってくれたのはどうやら女医らしい。自転車で往診の途中、事件にあった男を見かけて、通行人と協力して川から引き上げたらしい。あんな女医に借りを作ってしまったことを面白く思わない男。

 男は退院すると競輪に出かけた。相当な博打好きである。あの日、競輪場からの帰りに屋台で飲んでいた時、一緒に店にいた男ではないか、と考えるも、人相やらがどうもはっきりせず記憶に残っていない。

 競馬場の帰りに彼女の幸恵の家に寄る。十九歳で可愛らしい彼女は男を助けてくれた女医にお礼の品、セーターでもプレゼントしたらどうか、という提案をする。

 男はお礼の品をさっさと渡して、女医との繋がりを早く解消したかった。看護婦ミナエに聞いた場所をうろつき、ようやく女医が間借りしている農家にたどり着く。古い農家で、家主の表札の下に女医の名刺が刺さっていた。

 眠っていたようで、慌てて身支度して応対する女医、話をしてみれば意外にも嫌悪するほどの異性ではないことに気付く男。

 翌朝、雇いの婆さんに起こされて、看護婦のミナエが来ていることを告げられる。どうやら事件があったようだ。話を聞けば、昨日訪れたばかりの女医の家が火事になり、焼け出されてしまったようだった。

 ミナエは男が雇いの婆さんと二人暮らしで、充分広い家に住んでいることを知っており、男に間借りを提案する。男も川から引き上げてくれた命の恩人、女医の災難を無下に断ることもできず、結局承諾することになる。

 この徐々に男に近づいてくるのが偶然なのか、故意なのか、そういう不気味さがある。女医の弟が尋ねてくるのだが、偶然部屋を見たときに札付きのワル、弟が持っていたのは男が盗まれたカバンにそっくりであった。

 物語中は一切語られず、状況証拠だけだが、こうなってくると、火事にあった農家の事故は女医の放火であり、弟に頼んで男からひったくり、救助して恩を着せたのも女医の魂胆であるし、温情につけ込んで同居した後は、男の住まいを医院に改装して自営する気だった、など一連が計画であったようでゾクっとさせられる。

 そして物語のオチだが、ここまで純文学の高みで描いておいて、最後が超常現象、ホラーな味で締めてくるのがどうも、でもこれは個人の好みの範疇だろう。意外性を狙ったどんでん返しであるのなら成功はしている。4段階評価でB。