呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

平林初之輔「華やかな罪過」を読む

「おんどれは何回おんなじ事をしたら気が済むんじゃ!」

 と唐突に電話口で怒られたのである。

 こっちは仕事中だ。慌てて人気のない場所へ移動する。

 何も嫁さんを怒らせるような事はしていないはずだし、ここ最近は慎ましい暮らしをしている。

「40型4Kハイビジョンテレビ、クレジットカード決済で、発送予定のメールが来たぞ」

 全く身に覚えが無い。無実だ。4Kテレビは確かに欲しいが、まだ命は惜しい。

「知らんがな、買ってないがな」

 必死に弁解する。が、嫁さんは修羅の如く怒り狂って取りつく島もない。

 冤罪の恐怖。こんな身近で、まさか我が身に降りかかってくるとは思ってもみなかった。

「天に誓って買ってない!」

 会社なのに私にここまで言わせるのである。

 で、嫁さんを落ち着かせてクレジットカード会社に電話をかけさせる。

 結果、何も買っていない事が分かった。

 なんか詐欺っぽい手口。電気屋の方へ先にかけていたら、暗証番号や名前、電話番号を聞き出され、紐付けされる、そんなパターンのような感じである。

「取り敢えず気味悪いから、クレジットカード番号変えたぞ」

 謝らない!嫁さんは全く謝らない! そして勝手にクレジットカード番号を変えるなよ。

 アマゾンプライムで毎晩楽しみに観ている「大鉄人17」の竹井みどり隊員の生足が拝めなくなるではないか!

「ち、ちょっと、ま」

 電話は一方的に切られていた。

 無実の罪で怒鳴られる。楽しみにしているビデオは契約を打ち切られる。

 踏んだり蹴ったり揚げたり煮込んだりである。

 ひどい一日だ。

 そんなひどい現実を忘れるために、今日も私は本の世界へと深く潜っていくのだ。

 さて、今宵は「華やかな罪過」を読んだ。罪過~法律や道徳に背いた行為~の意。

 これをこの探偵小説選に加えるのは、ちょっと毛色が違うのではないか? と思える恋愛ロマンス譚。

 まぁ、こういう機会でもないと、まず巡り会えない小説であろうから、貴重と言えば貴重だが。

 トリックも特にない小説なので、言及するとすれば、戦前の結婚前の男女交際の描写だろう。

 手を握って見つめ合う、とか「ウブだなぁ」と。婚前交渉は以ての外、という空気も伝わる。

 女性の貞操は、現代の何倍も堅かったのだ。

 

1929年(昭和4年)9月「朝日」