呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

浜尾四郎『死者の権利』を読む

 2023年になりました。今年一発目の本ブログ、更新であります。2022年は娘の結婚、長男ちゃんが彼女と同棲を始め引っ越しなど、プライベートで色々と変化がありまして、このブログも開店休業中だったのですが、今年もマイペースでポツポツと活動を続けて参りますよ。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 さて、新年第一発目は、どんな話題でいこう。炬燵から出て二階の本棚に行くのが寒い。というわけで、キンドルの無料本、浜尾四郎の『死者の権利』を読みましたよ。

 なんで浜尾四郎か、と申しますと、これもまだ全然未定なのに口に出して自分を追い込んでおく私の得意の戦法なのですが(笑)浜尾四郎のレビュー本を同人誌印刷して出したいな、という願望があるのです。死ぬまでにやりたいことの一つです。

 その為には浜尾四郎を全作読んでおかねばなりませぬ。

 法律への深い懐疑を抱き続けた探偵小説のマイナーポエット、浜尾四郎。その魅力が盛り込まれ、更に向上した探偵小説スキルも垣間見える好編でした。

 初出は〈週刊朝日〉秋季特別号 昭和四年九月二十日号となっております。

 

 まずタイトルが良いですよね。死人に口なし。もし冤罪だったら、もし不当な屈辱を受け、墓に入った後も辱めを受け続けるのならば。死者の権利を法律は考えたことがあるのか。

 という作者の喘ぐような心の声が聞こえてきますよね。ましてや時代は戦前の昭和。今のように街角に防犯カメラが設置されていたりDNA鑑定できる時代とは天地の差です。被害者と加害者、法廷では加害者の陳述と状況証拠で判決を下すのですから、もしも自分の判断が間違っていたら、という苦悩を、法に仕える者は絶えず抱き続けていたことでしょう。

 オープニングはいかにも探偵小説【らしい】談話のシーン。実際の事件は探偵小説家の方にとっては余り面白くありませんよ。逆に探偵小説家に興味の薄い事件は、我々法律家の方が興味を惹く場合が結構あります。というやりとりで幕を開ける。

 かつての東京地方裁判所検事で、今は弁護士の土田八郎(地味なネーミングセンス)氏と作者のやりとりである。

 そうして『この話は多少参考になるかも、後はあなたの書き方次第で』という実際の事件のテイでスタートします。

 事件の概要は須山春一という実業家の息子、いわゆるボンボンの道楽息子と、カフェーの女給、小夜子。痴情のもつれから小夜子が死んでしまい、これが殺人なのか、正当防衛なのか、というのが話の根幹。

 ここからはネタバレを含みますので、未読の方はご注意を。

 さて、ボンボンの道楽息子と、まだ世間を知らないうら若き乙女、十九歳だった小夜子。小夜子は妊娠していました。この春一の子供です。

 当時はDNA鑑定もなかったですから、こういう事件は難儀だったことでしょう。

 春一に良い条件の見合い話が来たので、小夜子と別れたくなり、手切金で済まそうと思っていたのだが、小夜子は受け入れるはずもありません。

 法廷で自分の主張を述べる春一。はて、相手はカフェーの女給だから、誰の子供か知れたものではない。酒もタバコもやる女です。どのような素性の女か察していただけることでしょう。兄はヤクザ者のような男で、そいつが裏から手をひき、ゆすろうとしているのではないか? などと好き放題、自分の都合の良いように証言します。

 ここでは死人に口なし。二人は話をつけるために今でいうラブホに落ち着いて、春一は酒を小夜子は炭酸水を注文します。

 当時の宿がどのような作りであったか、イメージしにくいのですが、宿の従業員である老婆が、二人が大声を出すのを聞いています。そして隙間から小夜子が酒の瓶を振り上げるシーンを目撃して証言します。

 そこで春一は正当防衛とばかりに小夜子を突き飛ばし、鋼鉄製のストーブに頭を打ち付け、それが原因で亡くなってしまいます。

 そこで春一は素直にお縄につくのですが、法廷で殺すのなら人目のつかない雑木林で始末する。なんでこのような衆人環境の真ん中で殺人を犯すのか、考えてほしい、と証言。

 実刑数年、執行猶予有りの判決です。

 これを隠れて傍聴している一人の男。怒りに燃える男はお察しの通り、小夜子の兄です。

 春一のひどいこと。勝手な印象操作、カフェーの女給に対する侮蔑。何通も送られてきた感情の昂った小夜子の手紙を脅迫、として提出。

 会見したのも莫大な額を請求してきたから、と言います。

 そこで土田氏は事件を振り返って言うんですね『金の請求は春一が述べているだけで、手紙に金銭的なことは一切書かれていない』と。読みながら私は『ホンマや!』と声を出してしまいました。

 言葉巧みに状況と照らし合わせ、そういう時には金の話だろう、と聞くものに思い込ませ、ゆすりのように私も思わされていたのです。

 しかし懸命な読み手なら、薄々と小夜子はそんなふしだらな女ではない、ということを察していることでしょう。

 何通も送られた激情の手紙は、恋を知らず、生まれてくる子供の養育の不安、捨てられ今後一人で育てていく恐怖が起こしたものである。という裏を返した事実を推測することでしょう。

 泥を塗られた名誉、純真を踏み躙られ、世間には金の亡者、淫売といった印象を死者になすりつける判決。隠れて怒り狂う兄。

 ある話ではないでしょうか。まさに死人に口なしです。

 復讐に燃える兄は計画を立てます。春一を殺すために、そして法の目をすり抜けて殺人罪にならぬように、業務上過失致死で地獄に叩き落とそうと画策します。最大で禁錮3年の罪です。

 兄は免許を偽造し、タクシーの運転手に偽名で潜り込みます。ここが探偵小説の弱いリアリティな所で、ご都合主義と言われてしまうところなのです。頭の弱い兄がそんな繊細な作業ができるのか、というところなのですが、これも事件を回想して会話するメタ的なシーンを挟む浜尾四郎なら『そんな頭の弱い兄がそこまで巧妙な工作をしたのですから、怒りの度合いがわかるというものですね』的な記述をすれば良かったのではないか、と思いますね。

 そして芸者遊びの為にタクシーを呼んだ春一、電話を取る兄、この辺のご都合主義も目を瞑りましょう。戦前の探偵小説には、もっとひどいご都合主義が山ほどある(笑)。

 タクシーの利用も戦前、そんなに多くなかったでしょうから、目を瞑れる範囲です。

 兄は旅館の従業員に飲酒する姿を見せつけます。後に運転は大丈夫なのだろうか、と印象付けに成功しています。昔は飲酒運転などガバガバでした。

 私も若い頃、飲み会の帰り、グデングデンに頭を回しながら運転して帰ったものでした。恐ろしい話です。

 そしてタクシーの二人は運転を誤り、山中のガードレールを突き破って川に落下した。春一の死体は確認され、運転手の衣類は見つかったが、遺体は発見されておらず。

 という結末を迎えます。復讐はなされました。

 この顛末が土田氏に届いた兄からの手紙で解明するんですね、事件の真相、というものはこの手紙も嘘の供述ではないか、という疑いを残しつつも、真実を担保するツールとしては、当時これしかなかったのではないか、と思いますね。

 復讐に燃える、嘘偽りのない兄の手記。

 しかしここで浜尾四郎は、向上した探偵小説スキルを見せつけてくれます。もう一捻りしてくれます。

 車から飛び降りて、酒に酔った後部座席の春一の地獄行きを見送った兄。しかし春一には遺書が自宅に残されていたというんですね。それを同僚の検事から聞きます。

 芸者遊びも今生の別、のどんちゃん騒ぎだったわけです。その姿を『金さえあれば女性の純情など容易く手に入ると思っている鬼畜』と思っていた兄も、裏側の見方をしていたということになりますね。この辺の筆運びや、思い込みに対する気付きが浜尾四郎的です。

 その動機は、祖父が体の崩れていく病気(梅毒的なもの?)で、自分にも兆候が出てきたから、というもの。

 ここも私としては、小夜子を死に至らしめたことを後悔しての自殺の方が皮肉が効いて、物語的になるのではないか? と読みながら思ったのですが、現実的な浜尾四郎はそこでも視線はウエットになりません。

 やはりこういう人間は最後まで自己中心的な人種、という冷たい分析や実例の目撃があるのでしょう。

 せっかく殺した兄の気持ちは? 落ちていくときには旅館で飲み干した粉末が効いてきた頃ではなかったか、毒が先か、激突が先か、みたいな状況を同僚の検事から土田氏は聞きます。

 ひねりました浜尾四郎。現実的探偵小説で捻りを効かせた探偵小説を構築した独自の作風。常に法は正しいのか? 法は正義に味方するのだろうか? という懐疑が、常に人生につきまとっていたのでしょう。