呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

平林初之輔「鉄の規律」を読む

 嫁さんに毛染めをしてもらわないといけないのだ。最後、掃除機で吸ってもらう散髪屋でカットして帰ってきて、家の鏡でじっくり見ると、上の方はまだ黒いが、横、後ろはほぼ白髪である。

 自然に任せてこのまま全部白髪になってもいいのだが(ジェダイのオビワンみたいでかっこいいし)嫁さんがウルサイのだ。

「アンタ、スポーツジムで私の知り合い、アンタをチェックしてるねんから、ヒゲ剃り忘れとか、寝癖ついたままでとか行ったらあかんで」

 なので散髪をした日は、嫁さんに毛染めをしてもらう。美容院に行かせる費用を惜しんでのことである。

「アンタ、準備できたで。シャツも脱ぎな」

 私は洗面所でパンツ一丁になる。まだ少し肌寒い。

「じっとしときや。動いたら泡が飛んでフローリング汚れるからな」

 ビゲンのなんちゃら泡カラーで、嫁さんがナイロンの手袋をして私の頭に泡を塗りたくる。

「10分そこで待っときや」

 で、洗面所の冷えたフローリングにパンツ一丁で座り、文庫本を読む(こんな隙間時間でも読む)のが常なのだ。

「さ、とっとと入ってきな」

 嫁さんは先に風呂場に入って待っている。

「頭動かしたらあかんで、泡が飛んだら浴槽汚れるからな」

 ここでも私は嫁さんの指示を遵守し、シャワー中は決して微動だにしない。動けば半殺しにされるからだ。

「生えろー、生えろー」

 少々薄くなった頭頂部に嫁さんが呪文を唱えながらシャンプーをする。お前が小遣いを上げてくれないとかのストレスが、薄毛の原因の一端を担っとるんじゃ!

 とは決して声に出しては言いませんが…。

 さて、今回は「鉄の規律」を読んだ。論創ミステリ叢書の解説が歴史背景も含めて詳細で、本編を読んだだけでは、この作品が第一次共産党カリカチュアライズしたものであるとは、到底思い至らない。

 また実在した団体を匂わせるテーマであったとしても、当時と現代では受け止められ方も全く違うことだろう。

 マスクで顔を隠して、ビルの一室で集まる三人、党員番号だけを名乗り、お互いの素性は全くわからない。

 大日本正義党のメンバーは、命令には絶対なのだ。

 物語は、党の方針で暗殺が決まった人物の殺害方法を決める場面から始まる。

 そこにメンバーの一人が意見する。いくら党の命令だからといって、殺人は別ではないのか?

 構成員と規律の葛藤。

 互いが互いをどこかのスパイでは? と疑心暗鬼になり、腹の探り合いとなる。

「君はもし殺害する相手が、自分の愛する者であったとしても、任務を遂行できるかね?」

 こういった問いが作中人物によって語られる。これは殺人は流石になかったであろうと思うが、所属する党の命令と、個人の思惑との軋轢を平林が抱いていた、ということだろうか。

 それにしても二巻は本格から随分離れてきているように思う。平林初之輔はどこへ向かおうとしていたのか。

1931年(昭和6年)8月「新青年」 

 

平林初之輔探偵小説選〈2〉 (論創ミステリ叢書)

平林初之輔探偵小説選〈2〉 (論創ミステリ叢書)