呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

甲賀三郎「鍵なくして開くべし」を読む

 嫁さんと買い物に行くと、とにかく騒がしい。

嫁「アンタ、これどない思う?」

呉「ハチミツかいな、天然やから身体にエエんとちゃう?」

嫁「ホットケーキの時、ウチ、ガムシロップやろ? あれよりハチミツの方がやっぱ身体にはエエよな」

呉「そらそうやろ。ミツバチが運んでくるんやさかい、オール天然もんやろな。化学薬品入ってないんちゃう?」

嫁「でも高いな」

呉「どないやねん」

嫁「アンタ、この大ビンと小ビンの三本セット、買うならどっちがええ?」

呉「そらこういうのは大ビンの方がお得に設定されてるやろ」

嫁「アンタ、iPhoneで計算機出しな」

呉「今ここでか?」

嫁「しょっちゅうツイッターとか見てるくせに、私の頼みは聞かれへんのかい」

呉「お、怒るなや、買い物中に、分かりました、計算するがな」

嫁「で、どないよ」

呉「アッ、総重量で割ったら小ビンセットの方が5円安い」

嫁「ほれ、見てみぃ。何でもかんでも思い込みで決めつけて。アンタの悪い癖や。そういうの面倒臭がって、手順飛ばして我が家は損するねん」

呉「だからスーパーの中で怒るなや。じゃあ小ビンセット、カゴに入れたらエエんか?」

嫁「でもまぁ、まだガムシロップ半分以上残ってるから、無くなったら買いにこよか」

呉「(どないやねん!)(※心の声)」

 ※

 さて今回は「鍵なくして開くべし」を読み終えた。

 それにしても良い選集、良いセレクトである。甲賀三郎の入門としても肩がこらずに読めて、傾向や雰囲気を十分に楽しめる。

 そして何より、この前に通読した平林初之輔よりも数段娯楽性に富み、古き良き探偵小説的ムード満載で楽しいのだ。

 物語の構造的に破綻している部分はこの際「味」として目をつぶろう。

 で、この作品、どんなあらすじかというと、愛すべき酔いどれ探偵小説作家、土井江南が再び登場である。

 あらすじは…、ここから先はネタバレもあるのでご注意を。

 冒頭から話の枕として「酔い」は人を大胆にする、とか「酒の力で冒険に飛び込むようになる」とか、もう保険が凄い。

 自覚があったのか、なかったのか、この「酔い」が必然的に冒険を生む、という説明に、結構なページを割いている。

 もう最近では集中して甲賀作品を読んでいるので、気分はすっかり担当編集者のような気持ちだ。この時点でもうすでにドキドキしている。

 土井江南は飲み屋を出て、タクシーに乗り自ら「渋谷」と告げると、眠ってしまい、次に気づいた時には、見知らぬ美女と、見たことのない洋館の前に到着していて、その女性から頼みごとをされる、のが導入部分。誠に探偵小説らしい。

甲賀先生、本格の第一人者である先生の玉稿、確かにいただきましたが、冒頭のシーン、酒は人を大胆にする、という長い説明ですっかり熱くなってしまって無茶な話を展開しても大丈夫だ、と安心されたようですが、自分でタクシーに「渋谷」と告げておいて、目が覚めたら美女の立つ洋館の前に着いていた、この関係や説明は後であるんですよね? 当然ありますよね?」

 嫌な予感しかしないのだ(笑)結局この偶然も最後まで何の説明も無い。この豪快さ、細部など気にしていたら量産などできんよ、楽しけりゃいいのだ、と言わんばかりの豪胆ぶり。ここが甲賀作品のお茶目なところで、愛すべきポイントなのである。

 もうこの辺りの無茶振りを面白く紹介して未読の方にアピールせねば、読んで見たい、そんな戦前作品! と「トンデモ作品系」として興味を掻き立てて誘導しなければ、私が生きているうちに甲賀三郎全集の刊行は無理なので、祈りのように誰かの胸に刻まれるように、このブログを書き続ける次第である。

 渋谷! と酔った土井がタクシーに告げて、怪しげな洋館の前に停まっている理由&説明は、ここでスッパリ忘れて(笑)

 土井は女性から、この屋敷は亡くなった守銭奴の屋敷で、宝を隠しているはずなのだが、天井にも床にも壁にも見当たらない、必ずあるはずだ、作家と見込んで推理してほしい、と頼む。

 一応、密室には鉄製の箱があったのだが、中には関係のない書類だけで、金目の物は入っていなかったという。

「先生、お宝はどこにあるとお思い?」

 土井は鉄製の箱の中に塗り込んである、とアイデアを出してやる。

 それを聞いた女は「そういえば暗号らしきものが箱の中に入っていたわ」と、急に思い出す。

 ここから甲賀先生、なかなかダイナミックな筋立てなのだが、暗号小説の体裁をとっているのに、暗号は全く提示されないのだ。読者が知るのは三日かけて土井が苦心して「暗号を解読した」という結果報告だけなのだ。

・怪盗は守銭奴の家を買ったが、宝が見つからず途方にくれた。

・この家に何とか価値を持たせたい、と考えた。

・探偵作家の土井に白羽の矢を立てた葛城と女助手。

・酔った土井を連れ込んで、適当な宝の隠し場所を引き出す。

・ちょっと暗号文を取ってくるから待ってて頂戴。その間に早業で暗号文を作成(笑)

・土井のアイデアを暗号文にして持たせる。

・葛城と交渉した老人が暗号を解読すれば金持ちになれる、という欲から、土井の家に行き、解読した暗号文を持ち帰り、守銭奴の家を買う。

・怪盗どもはこれで損がなくなる。

・土井は計算したが、あのサイズなら鉄の重量とピッタリ一致するので、鉄以外の物質ではない。

・老人は鉄の箱にドリルを入れ、一瞬、金が出て喜んだが、金とは別の安い金属で落胆。失意の中、二束三文で売り払う。

・そのニュースを見た怪盗、鉄の箱にドリルを入れ、別の金属が出てきた、ということは「あんこ」のような構造で金を薄く、その奥に隠しているに違いない、と判断し、見事的中。金は全部手に入れたことを土井に報告。

 ここまで話が進み、この作品の一大トリックの開陳である。理化学者である甲賀三郎の面目躍如、方程式を持ち出して(これは読んでもサッパリわからない)鉄プラス金プラス、金は鉄より軽いので、そのサイズの重量で差額分の質量を埋める重い金属であんこにし、全体の鉄の箱の重量の辻褄を合わせたのだ! 

 さすが本格の雄! 甲賀先生。鉄の箱が別金属である可能性の手がかりも、全く提示されない暗号も、色々すっ飛ばして見事、物語的には辻褄が合ってしまった!

 オチは土井に謝礼で届けられた小さいサイズの黄金の小箱。読者に「羨ましいなぁ」と感情移入させる終わり方で、見事大団円である。

 この豪快な作品、どうか細かいことを気にしない「漁師飯」のような趣でご賞味願いたい。

 

1930年(昭和5年)1月「新青年

甲賀三郎探偵小説選 (論創ミステリ叢書)

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