呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

古畑任三郎DVDコレクション1『動く死体』

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 定期購読した本シリーズ、隔週刊行ということで油断していたら、もう次号がポストに入っていた。

「こりゃピッチを上げないといかんな」

 ということで視聴ペースを上げた次第。

 犯人役は堺正章、歌舞伎役者である。

 老婆をひき逃げしてしまった中村右近堺正章)は、目撃された警備員、野崎(きたろう)に口止め料を払い、隠蔽し通せたと思っていたが、良心の呵責に耐えられなくなった野崎が自首を決意、右近に口止め料を返し、出頭しようとしたところを口論となり揉み合い。

 野崎は突き飛ばされ、テーブルの角に後頭部を激しく打ち付け、死亡してしまう。ひき逃げした時点で人生は狂っていたのだが、それを隠したことによって、更なる悲劇に繋がってしまった。こうなれば平穏を守るために罪の上塗りをせねばならない。

 楽屋に野崎の死体を置いたまま、右近は演目を何食わぬ顔で演じ切り、深夜、隠蔽工作に取り掛かる。

 ここからはトリック等に触れるため、未聴の方はご注意を。

 倒叙物で犯人は最初から分かっているが、倒叙ものの特色として、秘密を抱える犯人に感情移入しがちになるものだ。

「あなたは嘘ついてる」

 いきなり古畑が右近に詰め寄る。『えっ、もうバレたの?』と見ている方はドキドキする。

「見た人もいるんです」

 隠蔽工作中に見られたのか? と思って引き攣った顔のままの右近同様、見ている方の鼓動も早くなる。

「昨日もクイズ番組に出てましたね」

 右近同様、胸を撫で下ろす。この時点で古畑は右近を疑っている。ミステリ慣れしている方なら冒頭の二人が出会うシーンの会話で既にピンと来ているはずである。

「後頭部を打ち付けて亡くなられてます」

「どこから落ちたの」

 後頭部打撲しか言ってないのに、落下を言い当てているのだ。偽装工作の方である。犯人の心情として落ちたことにしたい、そう見せかけたい心理が作用しているのだ。ミステリ慣れしていない一般の視聴者が感心する部分である。

 捜査が進行する中、猫を探しに天井へ登った野崎が懐中電灯を持っていないことに不審を持った古畑は、聞こえるように懐中電灯の重要性を右近の前で説く。

 焦って楽屋を一人確認している右近の元へ、入口からノック。古畑が楽屋を訪れる。その要件は「歌舞伎のチケットを一枚取って欲しい」という全然関係のないもの。

 名探偵の条件というのは個人的に、しつこく嫌われるようなことを能天気に平然とやる。ことだと思っていて、その点でも本作は私の趣味に合致する。

 ひき逃げはともかく、自らの地位を守るために罪の上塗りで揉み合いから予期せぬ事故で殺人を犯してしまった右近に哀愁と同情を感じる。

 右近は楽屋に隠しておいた死体を舞台まで引きずり、すっぽんと呼ばれる地下から迫り上がる機械で壇上に死体を置き、死亡時刻を誤認させるために腕時計を床に打ち付けて破壊した。これは早々にフェイクであろう、と古畑に気付かれるのだが。

 古畑の推理ポイントは。

・すっぽんは地下へ下げてあったのに、死体発見時、すっぽんは上がっていた。

・犯人は上げ方は知っていたが、下げ方を知らなかった。

・演じているとき、上げ方は見ているが、下げ方は舞台の上なので下げ方の操作を見ていない。

・操作は劇場関係者しか知らない。

・それを故障と思い込み、修理を依頼したのもおかしい。

・下げる方法を知らない者が犯人。つまり右近だ。

 二人の丁々発止のやり取り、犯行現場で茶漬けを食う意味の味わい。など、名作と呼んでもいいだろう。

 ここからは名作にケチをつけるのではなく、私が犯人だとして古畑にどうやって言い逃れするか、蛇足パートである。

 古畑の推理は絶対唯一のものではない。すっぽんが下がっていたのに死体発見時上がっていた、を根拠とするのなら、そこを言い通せば難なく崩すことができるのだ。

 野崎は右近に猫の駆除の言いつけを守り、地下通路から舞台へ上がる時、横着をしてスッポンでワープしたのだ、と言い切る。

 ここでギリ、劇場関係者しか操作方法を知らない、という縛りが活きてくるのだが、野崎も当劇場の関係者である。部外者ではない。外国製のすっぽんが導入された時、警備の問題上、設置に立ち合ったんじゃないんですか? と犯人は古畑に言い切れるはずである。

 そうすると野崎が自分で階段を使うのが面倒だから無人の舞台ですっぽんを使って上がっても不自然ではないだろう。役者でもないのに使うな、と怒る人は誰もその場にいないからである。

 懐中電灯の有無も、私なら楽屋で鏡を前に紅を引きながら。

「猫に勘付かれないよう、静かなすっぽんで昇降し、天井のすのこに上がって、館内の非常口灯の光だけを頼りに猫に近づこうとしたんでしょうかねぇ、野崎は。職務熱心なことです」

 と顔色変えず言い切れば、古畑も確証がなく、自分の懐中電灯を楽屋に置いて心理的圧迫を仕掛けてきたくらいだから、すっぽんが上昇したまま、というのは決め手だったはずである。

 そこを切り崩せば犯人に勝機はあった。

 ここまで難癖を普通の視聴者は付けないでしょうけどね。色々言ったが、演技、心理戦含め、傑作に位置するエピソードであることは間違い無いだろう。