呉エイジ 秘密の探偵小説読書日記

日記と探偵小説の読書録

松本泰「黒い金曜日」を読む

 ジムで目の合う「まゆゆ似」の女性シリーズ。本日は進展があったので日記のネタにさせていただく。

 前回、彼女が休憩中恐ろしくモテていて、ソファーに入れ替わり立ち替わり男性が話しかけにいって、お互い怒った表情を見せ合ったまま別れたところまで書いた。

 私は重い気持ちのまま、ジムの階段を登る。

 フロアーに入って数秒、彼女の姿を確認した。向こうも鏡で反射させて、私を見ている。動悸が上がる。

 小柄な女性というのは本当に可愛らしい。色白でセミロングのヘアースタイルもよく似合っている。嫁さんが巨乳で大柄だから、無いものを内心求めているのかもしれない。

 向こうは鏡に向かってダンベルトレーニングをしていた。

 私は離れたマシンで軽く筋トレを始める。

 私は横目で彼女の位置を確認していた。すると彼女はダンベルを片付けて、なんと一直線に私の右横のマシンに移動して来たではないか。

 ものすごく大胆である。わずか数分の出来事である。

 向こうが前かがみになってペットボトルの飲料を足元に置いた、その時に真横で私と目があった。不覚にも私は目をパチクリさせてしまった。

 その表情を見て、向こうは一瞬頬を緩めた、ように見えた。

 私はきっと真っ赤になってしまっていたことだろう。

「ここまで女にさせておいて、これ以上恥をかかせないで」

 というメッセージを送られているようでもあった。話しかけなければ逆に失礼なような気がしてきた。

 向こうは右横のトレーニングを終えると、立ち上がって、私と対面の一番右端のマシンでトレーニングを始めた。

 マシンは6台、対面に並べられている。

 少し顔を出すと、右の対面向こうで彼女と目が合う。私はまだ赤面したままであったことだろう。見ると向こうも頬を赤らめている。

 いい歳をした男女が赤面して時折相手の顔を盗み見る。とてもいやらしい。

「痩せてるのにジムに来る必要ないやん」

 お世辞ではなく本心なのだが、これくらいのテンションで話しかけたら、きっと嫌な顔をせず、向こうも話題を繋げてくるであろう。

 そうしてラインの交換になり、一緒に駐車場まで出ます? となる。向こうも様子を探りながら一緒に歩く。

 そして向こうの車まで一緒に歩く。

「こんな車に乗ってるんだ」

 みたいなことを話しかける。ワンボックスのスライドドアをあけ、彼女はスポーツバックを後部座席に投げ入れる。

「今投げた?」

 と笑いながら私がツッコム。もうここまできたらお互いなんでもいいのだ。

「カバンひっくり返ってるよ」

 と言いながら、私が彼女のスポーツバックを直そうとする。それを阻止しようと彼女が私の腕を遮る。そしてそのままバックシートに二人、倒れ込んでしまう。

 顔が近付く。キスしないと駄目な状況になる。

 簡単なのだ、男女の関係なんて始めるのは簡単なのだ。

 女性はこうなったら、芝居がかってシートに倒れこむし、抵抗する言葉を発しながらも、脱がせやすいように腰を浮かしたりもする。

 そうしてキスになれば高校生ではないのだから、舌を絡め合う、そうなったらお互いラリってしまって、そのまま突き進んでしまう。後戻りはもうできない。

 そうして私はその時に思うのだろう。一番鳴ってほしくない時に鳴る、家族で食事をしている時の彼女からのラインコールのイメージ、彼女が泣いて別れ話を拒むイメージ、嫁さんが色々と感づいてくるイメージ。

 私は筋トレをしながら、今、この段階で話しかけたらどうなるか、のシミュレーションをしていた。

 アップルウォッチで1分のアラームをセットし、肩で息をしながら彼女の方を見る。彼女とまた目があう。2秒くらい視線がぶつかる。向こうも逸らさない。

 その時であった。私の左肩をトントンと叩く手が。

「よっ!」

 そこには最近同じジムに通いだした長女ちゃんが笑顔で立っていた。親バカではなく白石麻衣に似た長女ちゃんは、このジムでナンパされまくっている自慢の娘だ。

 だが、このタイミングで声をかけてほしくはなかった。

「筋トレ?」

 笑顔で話しかけてくる長女ちゃん。

「どうしたん? なんか様子おかしいで」

 疑いの目つきで私の二の腕にボクシングのジャブの連打を叩き込む。

 まるで援交関係のように映るではないか。

 私が40代、彼女が30代、長女ちゃんが22歳。

「もしかして若い女性に色々声をかけているの?」

 と彼女に思われないだろうか。

「真面目に筋トレしてるんや、集中させてくれ」

 私は真剣な表情で長女ちゃんの会話を突っぱねた。長女ちゃんは「邪魔してゴメンね」といった顔で、小さく手を振って離れていった。

 慌てて右を向く。

 彼女がいない。

 私は飲み物とiPhoneを持ってマシンから立ち上がった。早足でマシンの裏側に移動する。

 裏のマシンの列にもいない。エアロバイクのコーナーに移動する。そこにも彼女はいなかった。

 長女ちゃんとのやりとりは僅か数分であったはずだ。

 その間に彼女は消えてしまった。今日あれだけ視線を重ねたのに。

 なんだろう、この感情は。私は一体何をしているのだ。

『このブログを始めていてよかった』

 私は説明のできないこの感情を、ここに書くことによって心の平穏をかろうじて取り戻すのであった。

 このシリーズ、今回で完結の可能性もある。

 ※

 さて、本日は「黒い金曜日」を読み終えた。

 毎週金曜日に投げ込まれる、片目をくり抜かれた動物の死骸。

 だんだんとエスカレートして、最後には片目の無い豚の首が投げ込まれた。

 警察が現場を検証していたら、家の主人は「御用聞きが女中を驚かせるためのつまらぬイタズラでしょう」と取り合わない。

 その様子に不信感を覚える警察。

 おぉ、健全派の泰先生にしては、珍しくグロテスクで残酷なシチュエーション。

 しかし、本作は単に読者サービスのための猟奇趣味ではない。

 なぜ目の無い動物の死骸が投げ込まれたのか、その真相は説得力があり、物語としても面白い。

 最後の行も余韻を残し、この短編のアイデンティティを確固たるものとしている。

 

1927年(昭和2年)6月「週刊朝日

松本泰探偵小説選〈2〉 (論創ミステリ叢書)

松本泰探偵小説選〈2〉 (論創ミステリ叢書)