昔から私は探偵小説読みで、中学から乱歩、横溝、夢野久作を読みふけり、現在に至っている。
純文学など見向きもしてこなかった半生であった。
それは何故か、国語の授業が総じて面白くなかったから、ということと、文学作品というものは『難しい語句や言い回し』『繊細な感情の機微』『どんでん返しやオチとは無縁の退屈なもの』という固定観念に縛られていたからである。
それが何故ここにきて、この彩流社のアンソロジーを揃え出したか、取っ掛かりは装丁・装画のYOUCHANさんからであった。
YOUCHANさんは私が楽しみにしている盛林堂さんの探偵小説復刻シリーズで、森下雨村や、大阪圭吉の装丁を手がけられて、お洒落でモダンな画風にすっかり魅了されてしまったのだ。
そこで本屋で見た彩流社のアンソロジーの佐藤春夫を見かけたのだ。佐藤春夫といえば江戸川乱歩との縁も深く、昭和の探偵小説を語る際には出てくる名前である。
この一冊でこのシリーズのことを気に入ってしまったのだ。
まず字が大きく読みやすい。いいフォントを使っているのだろう。心地良く読めるのだ。そして所有欲を満たしてくれる高級感漂う本の装丁。
私の偏見はこのシリーズによって、だいぶ崩れ、楽しみながら読み進めている。
シリーズの一冊、堀辰雄などどうだ。
『土曜日』という短編が掲載されているのだが、当時、芥川龍之介と恋仲、という風聞のあった女性に憧憬を抱き、買い物のテイで動向を伺う、という。
「今でいうストーカーじゃん」
という内容なのであった。そういうのを書いてもいいんだ。という驚きと、前述の私の文学に対する固定観念とは真逆の『人間のダメー』な部分が描かれていた。
時折私がここで書き散らす、ジムでの『まゆゆ似』の彼女の、乗っている車を物陰から特定したり、なんとか会話できぬものか、と妄想のスパイラルを描く私の嗜好にマッチする部分があったのだ。
で、このシリーズを読みながら『文学作品、どんでん返しとは無縁だけど、面白いじゃん』と思ったのが今年の収穫であった。
このシリーズと『モダン都市文学』シリーズの『プロレタリア文学』との出会いが、今年一番の衝撃であった。
余りに衝撃的すぎて、一本、短編を製作中である。現在も製作中。早く完成させて、皆さんに読んでもらいたい、という気持ちが高まっている。
それについては近日公開、乞うご期待。の一言で結んでおこう。